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3 撰者名注記と隠岐本合点
新古今和歌集の写本には、一二三四や衛有定隆雅やその偏の記号が記載されているものが有る。これは、「撰者名注記」と呼ばれ、元久二年三月までに各撰者が、この歌を撰んだと言う印で、藤原定家筆本系統の書写したと言われている。但し、各写本でかなり異同が有り、記載が一部欠落している本も有る。(東常縁筆断簡参照)
撰者名注記がなされている写本の内、天理大学図書館蔵烏丸本(以下烏丸本)、尊経閣文庫蔵伝二条為親本(以下前田家本)を久保田淳が全評釈第九巻で纏めたものと久松潜一らが小宮堅次郎蔵(以下小宮本)を底本とした体系(但し選者名通具無し)によると以下の通りである。
〇烏丸本
・源通具 六首
・藤原有家 三十首
・藤原定家 三十二首
・藤原家隆 四十首
・藤原雅経 三十六首
〇前田家本
・通具 八首
・有家 二十九首
・定家 三十四首
・家隆 三十六首
・雅経 三十七首
〇小宮本
・通具 0首
・有家 二十九首
・定家 三十五首
・家隆 三十九首
・雅経 三十六首
どの異本も家隆、雅経が多く、定家はそれに次ぐ。通具は元々撰歌数が少ないが、慈円歌への撰歌は多く、単独撰歌も秋歌など四首も有る。
この注記が無い歌は、竟宴以後に後鳥羽院の親撰したものと考えて良い。但し、秋歌上の元久詩歌合は烏丸本のみ有家の注記が有るが、これは誤記と考えてみるべきであろう。