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宇治市源氏物語ミュージアム
事。此ことはよ○○○
はつねにまいり給つゝ世中の御物かたりなどまめやかな
るも、またれいのみだりがはしきことをもきこえ給
つゝ、なぐさめきこえ給に、かのないしぞうちはらひ給ふ
くさはひにはなるめる。大゛将の君はあないとおしや。
をばおとゞのうへな。いたうかろめ給ひそといさめ
給ものから、つねにおかしとおぼしたり。かのいざよひ
のさやかなりし秋のことなど、さらぬもさま/"\の
すきごとゞもをかたみにくまなくいひあらはし給、√は
て/\はあはれなる世をいひ/\て、うちなきなどもし
給ひけり。しぐれうちしてものあはれなるくれつ
かた、中将の君にびいろのなをしさしぬきうすら
十月也
かにころもがへして、おゝしくあさやかに、心はづかしき
源
さましてまいり給へり。君はにしのつまのかうらんに
をしかゝりて、しもがれのせんざいみ給ふほどなり
けり。風あらゝかにふき、しぐれざとしたるほど、なみだ
もあらそふ心ちして、あめとなり、くもとやなり
にけん。いまはしらずと打ひとりごちて、√つかつえ
頭中心
つき給へる御さま、女にては見すててなくなら
んたましゐ、かならずとまりなんかしと、いろめかし
源
き心ちにうちまもられつゝ、ちかうついゐ給へれは、し
どけなう打みだれ給へるさまながら、ひもはかり
地
をさしなをし給ふ。これはいますこしこまやかなるな
つの御なをしに、くれなゐのつやゝかなるひきかさ
ねて、やつれ給へるしも、みてもあかぬ心ちぞする。中
将もいとあはれなるまみにながめ給へり
頭中
あめとなりしぐるゝそらのうきくもをいづ
れのかたとわきてながめむ。ゆくゑなしやと
ひとりごとのやうなるを
源
みし人のあめとなりにしくもゐさへいとゞし
み
ぐれにかきくらすころ。との給ふ御けしきも、あさ
からぬほどしるくみゆれば、あやしうとしごろはいと
しもあらぬ御心ざしを、ゐんなどゐたちての給は
せ、おとゞの御もてなしに心ぐるしう、大宮の御かた
は常に参り給つつ、世の中の御物語など、まめやかなるも、又例のみだりがは
しき事をも聞こえ給つつ、慰め聞こえ給ふに、彼の内侍ぞ。打払ひ給ふ種はひ
にはなるめる。大将の君は、あな愛おしや。祖母(をば)殿(おとど)の上な。
いたう軽ろめ給ひそと、諫め給ふものから、常に可笑しとおぼしたり。彼の十六
夜かの爽やかなりし秋の事など、さらぬも、樣々の好き事共を、かたみに隈な
く言ひあらはし給ふ、√果て果ては、哀れなる世を言ひ言ひて、打泣きなども
し給ひけり。
時雨うちして、物哀れなる暮れつ方、中将の君、鈍色の直衣、指貫、うすらか
に衣替へして、雄々しく鮮やかに、心恥づかしき樣して参り給へり。君は西の
端の高欄にをし掛りて、霜枯れの前栽見給ふ程なりけり。風荒らかに吹き、時
雨ざとしたる程、涙も争ふ心地して、雨となり、雲とやなりにけん。今は知ら
ずと打独りごちて、√面杖突き給へる御樣、女にては、見捨ててなくならん魂、
必ず止まりなんかしと、色めかしき心地に、打守られつつ、近うついゐ給へれ
ば、しどけなう打乱れ給へる樣ながら、紐ばかりをさし直し給ふ。これは今少
し細やかなる夏の御直衣に、紅の艶やかなる引き重ねて、窶れ給へるしも、見
ても飽かぬ心地ぞする。中将も、いと哀れなる眼(まみ)に眺め給へり。
雨となり時雨るる空の浮雲をいづれの方と分きて眺めむ
行方無なしやと独り言の樣なるを
見し人の雨となりにし雲居さへいとど時雨にかき暗すころ
と宣ふ御気色も、浅からぬ程しるく見ゆれば、奇しう年頃はいとしもあらぬ御
心ざしを、院など居立ちて宣はせ、大臣の御もてなしに心苦しう、大宮の御方
和歌
頭中将
雨となり時雨るる空の浮雲をいづれの方と分きて眺めむ
意味:荼毘の煙となった葵の上は、雨となって時雨れる空の浮雲のどれだと分けて眺める事が出来ようか。
備考:浮きと憂きの掛詞。
源
見し人の雨となりにし雲居さへいとど時雨にかき暗すころ
意味:いつも見ていた妻が、雨となってしまった空の雲も、時雨の頃のわびしさで、ますますかき暮れている今日この頃だ。
備考:雨、雲、時雨。
引歌
√果て果ては
拾遺集雑歌上 題知らず よみ人知らず
世の中をかく言ひ言ひの果て果てはいかにやいかにならむとすらん
√面杖突き
古今和歌集 俳諧歌
嘆きこる山とし高くなりぬればつらつゑのみぞまづつかれける