風俗博物館
ざまにもてはなるま□きなど、かた/"\にさしあひ
たればえしもふりすて給はで、物うげなる御けし
きながら、ありへ給なめりかしと、いとおしう見
ゆるおり/\ありつるを、まことにやんごとなくおも
きかたは、ことに思ひきこえ給けるなめりと見し
るには、いよ/\くちおしうおぼさる。よろづにつけ
てひかりうせぬるこゝちして、くむじいたかり
けり。かれたるしたくさのなかに、りんだうなでし
源
こなどのさきいでたるをおらせ給て、中将のたち給
夕霧
ぬるのちに、わか君゛の御めのとさいしやうの君して
源
くさがれのまかきにのこるなてしこをわかれ
しあきのかたみとぞ見る。にほひをとりてや御
地
らんぜらるらんときこえ給へり。げになに心なき
大宮
御ゑみがほぞいみじううつくしき。みやはふく風に
つけてだに、木のはよりけにもろき御なみだ
は、ましてとりあへ給はず
大宮
いまもみて中/\袖をくたすかなかきほあ
源
れにしやまとなでしこ。なをいみじうつれ/"\
なれば、あさがほのみやに、けふのあはれはさりとも
みしり給らんと、おしはからるゝ御心ばへなれば、くら
きほどなれどきこえ給。たえまとをけれど、さの
ものとなりにたる御文なれば、とがなくて御らん
ぜさす。そらのいろしたるからのかみに
源
わきてこのくれこそ袖はつゆけゝれ物思ふあ
きはあまたへぬれど。√いつもしぐれはとあり。御
てなどの心とゞめてかき給へる。つねよりも見
ところありてすぐしがたきほとなりと人ゞ
もきこえ、みづからもおぼされければおほうち山
を思ひやりきこえながら、√えやはとて
朝かほノ君
あさきりにたちをくれぬときゝしより
しぐるゝそらもいかゞとぞ思ふ。とのみほのか
なるすみつきにて、思ひなし心にくし。なに
ことにつけても見まさりはかたき世なめるを
ざまにもて離るまじきなど、方々にさしあひたればえしもふり捨て給はで、物
憂気なる御気色ながら、ありへ給ふなめりかしと、いとおしう見ゆる折々有り
つるを、真に止ん事無く重き方は、殊に思ひ聞こえ給ひけるなめりと見知るに
は、いよいよ口惜しうおぼさる。万づに付けて光失せぬる心地して、屈(くむ)
じいたかりけり。枯れたる下草の中に、竜胆、撫子などの咲き出でたるを折ら
せ給ひて、中将の立ち給ひぬる後に、わか君の御乳母宰相の君して、
草枯れの籬に残る撫子を別れし秋の形見とぞ見る
匂ひ劣りてや御覧ぜらるらんと聞こえ給へり。げに何心無き御笑顔(ゑみがほ)
ぞいみじう美しき。宮は吹く風に付けてだに、木の葉よりけにもろき御涙は、
まして取りあへ給はず
今も見て中々袖をくた朽(くだ)すかな垣ほ荒れにし大和撫子
なをいみじう徒然なれば、朝顔の宮に、今日の哀れはさりとも見知り給ふらん
と、推し量らるる御心映へなれば、暗き程なれど聞こえ給ふ。絶え間遠けれど、
さのものとなりにたる御文なれば、咎無くて御覧ぜさす。空の色したる唐の紙
に、
分きてこの暮れこそ袖は露気けれ物思ふ秋はあまた経ぬれど
√いつもしぐれはとあり。
御手などの心留めて書き給へる。露よりも見所有りて、過ぐし難き程なりと
人々も聞こえ、自らもおぼされければ
大内山を思ひやり聞こえながら、√えやは。とて、
朝霧に立ち遅れぬと聞きしより時雨るる空もいかがとぞ思ふ
とのみ、仄かなる墨付きにて、思ひなし心にくし。何事に付けても見勝りは難
き世なめるを、
和歌
源
草枯れの籬に残る撫子を別れし秋の形見とぞ見る
意味:冬の草枯れの籬に残っている撫子と我が子を、葵の上の亡くなった秋の形見だと思っています。
備考:撫子と子(夕霧)の掛詞。
大宮
今も見て中々袖をくた朽すかな垣ほ荒れにし大和撫子
意味:お手紙を今も見ながら、葵の上の残した夕霧を見ていると、かえって袖が朽ちるほど涙が出てしまいます。垣穂の樣に見守ってあげる葵の上に先立たれ、この大和撫子の樣な不憫な夕霧なのですから。
備考:
源
分きてこの暮れこそ袖は露気けれ物思ふ秋はあまた経ぬれど
意味:とりわけ今日の夕暮れこそ袖に涙が落ちて湿ってしまいます。物思いにふけってしまう秋は、数多く経験したのですが。
備考:
朝顔の君
朝霧に立ち遅れぬと聞きしより時雨るる空もいかがとぞ思ふ
意味:秋の朝霧の中、奥様が先立たれたと聞いてから、時雨れる空の中、如何がお悲しみの事と存じます。
備考:霧立ちと立ち遅れの掛詞。
引歌
√いつもしぐれは
神無月いつも時雨は降りしかどかく袖くたす折はなかりき(出典未詳 源氏釈)
√えやは
色ならば移るばかりもそめてまし思ふ心をえやは見せける(後撰集、恋歌二、貫之 河海抄)
今はとて秋果てられし身なれども霧立ち人をえやは忘るる(後撰集雑歌三 よみ人知らず 私説)