枯れたる下草の中に、竜胆、撫子などの咲き出でたるを折らせ給ひて、
中将の立ち給ひぬる後に、若君の御乳母宰相の君して、
草枯れの籬に残る撫子を別れし秋の形見とぞ見る
匂ひ劣りてや御覧ぜらるらんと聞こえ給へり。
√つらきひとしもこそはあはれにおぼえ給人の御
心ざまなり。つれなからざるべきおり/\のあはれ
をすぐし給はぬ。これこそかたみになさけも見
はつべきわざなれ。なをゆへよしすぎて人め
にみゆばかりなるはあまりのなんもいで
きけり
源心 紫ノ事
たいのひめ君゛をさはおふしたてじとおぼす。つ
れ/"\にてこひしと思ふらんかしと、わするゝおり
なけれど、たゞめおやなき子ををきたらん心ち
してみぬほどうしろめたく、いかゞおもふらんとおぼ
えぬぞこゝろやすきわざなりける。くれはてぬれ
ばおほとなぶらちかくまいらせ給て、さるべきかぎ
り人々゛、おまへにて物がたりなどをさせ給。ちうな
ごんの君といふは、としごろしのびおぼししかど、この御
思ひのほとは中/\さやうなりすぢにもかけ給はず。
あはれなる御心かなとみ奉るに、おほかたにはなつか
源詞
しくうちかたらひ給て、かく此ひころありしよりけ
にたれも/\まぎるゝかたなく√みなれ/\て、えしも
つねにかゝらずは恋しからじや。いみじきことをばさる
ものにて、たゞうち思ひめぐらすこそ、たへがたきこ
内の人々 同
とおほかりけれとの給へば、いとゞみなゝきて、いふか
ひなき御ことは、たゞかきくらす心ちし侍れば
さるものにて、なごりなきさまにあくがれはてさ
源
せ給はんほど、思ひ給ふるこそときこえもやらずあ
同
はれとみわたし給ひて、なごりなくはいかにいと心あさくも
とりなし給かな。心ながき人だにあらばみはて給
ひ
らん物を、√命こそはかなけれとて、火をうちなが
め給へるまみのうちぬれ給へるほどぞめでたき。と
√辛き人しもこそは、哀れにおぼえ給ふ人の御心樣なり。つれながらざるべき
折々の哀れを過ぐし給はぬ。これこそ片身に情けも見果つべき業なれ。なをゆ
へよし過ぎて、人目に見ゆばかりなるは、余りの難も出できけり。
対の姫君を、さは生ふし立てじとおぼす。徒然にて恋ひしと思ふらんかしと、
忘るる折り無けれど、ただ女親無き子を置きたらん心地して、見ぬ程後ろめた
く、如何思ふらんと覚えぬぞ心易き業なりける。
暮れ果てぬれば、御殿油(おほとなぶら)近く参らせ給ひて、さるべき限り
人々、御前にて物語などをさせ給ふ。中納言の君といふは、年頃忍びおぼしし
かど、この御思ひの程は、中々さやうなり筋にも掛け給はず。哀れなる御心か
なと見奉るに、大方には懐かしく打ち語らひ給ひて、かく此の日頃ありしより
けに、誰も誰も紛るる方無く√見慣れ見慣れて、えしも、常にかからずは、恋
しからじや。いみじき事をば、さるものにて、ただ打ち思ひ巡らすこそ、耐へ
難きこと多かりけれと宣へば、いとど皆泣きて、言ふ甲斐無き御事は、ただか
き暗らす心地し侍れば、さるものにて、名残無き樣にあくがれ、果てさせ給は
ん程、思ひ給ふるこそと聞こえもやらず、哀れと見渡し給ひて、名残無くはい
かに。いと心浅くも取りなし給ふかな。心長き人だにあらば、見果て給ふらん
物を、√命こそはかなけれとて、火を打ち眺め給へるまみの打ち濡れ給へる程
ぞ愛でたき。と
引歌
√辛き人しも 不詳
つらきをも思ひしるやはわかためにつらき人しも我をうらむる(私説 拾遺集 よみ人知らず)
√見慣れ見慣れて
水(み)なれ木のみなれそなれて離れなば恋しからむや恋しからじや(源氏釈 出典未詳)
√命こそはかなけれ 不詳
寄るべなく空に浮かべる命こそ夢見るよりもはかなかりけれ(私説 千里集)