なりといひすてたる哥なり。又説花紅葉も
なき躰かへりておもしろしと秋の感を見てたてゝ
さても言語道断の事外と思ふに花紅葉も
なしものをかざりなどもせぬ真実の事はあるといふ
にや。巧言合色を聖人のいさむる道理によく相
叶か人間万事如此涙おさへがたき哥なり。
○たへでやは思ひありともいかゞせん葎のやどのあきのゆうぐれ
本哥
おもひあらばむぐらの宿にねもしなんひじき物には袖をし
つゝも
とふまゝの思ひありとも葎の宿の秋の夕ぐれは
たへでやはあられんと云一説なり。されどもその注
ばかりにてもきこゑがたし。此思ひあらばには
かはりたるにや本哥は玉楼金殿なりともかひなく
るべしといふをいひかへたる哥なり。たへでやは
とはおもふやうなる事ありとも秋の夕暮には
たへでやはあられんときこへ侍り。
※作者欠→藤原雅経
※聞書に無く、出典は不明。
※おもひあらばむぐらの宿に~
伊勢物語三段 ひじき藻
業平
思ひあらばむぐらの宿にねもしなんひじき物にはそでをしつゝも