同人伊賀國郡司被仕給事
伊賀國に或郡司のもとに、あやしげなる法師の人や仕給
とてすぞろに入來るありけり。主これを見て和僧の樣
なる物をおきては何にかはせむ。いと用事なしといふ。法師
の云樣、をのれらほどの物は法師とてをのこに替る事なし。何
わざなりとも身にたへむ程の事は仕らむと云へば、左樣
吉とて留む。喜でいみじふ真心につかわるれば、殊いたわる
馬をなむあづけてかわせける。かくて三年ばかり經程に此
主の男國の守の為に聊便なき事を聞初句て堺の内を
をわる。父祖父の時より居付たる物なりければ所領も多く
やつこも其數あり。他の國へうかれ行事かた/"\ゆゝしき歎
なれど、遁べき方無てなく/\出立間に、此法師或者にあひ
て此殿には何なるなげきの出來て侍るにかと問に、我
等しきの人は聞てもいかゞはと事の外にいらふるを、何とてか
身のあしきに依らむ。憑奉ても年來に成。うちへだて給べきに
非とて懇に問へば事の起りを有のまゝに語る。法師の云樣
己が申さむ事用ひ給べきにあらねど、何かは忽にいそぎ
去給べき。物は思ざる殊も侍べる物を、先京上して何度
も事の心を申入て、猶叶はずは其時にこそは何方へもを
はせめ。己がほの/"\知たる人國司の御邊には侍り。尋て
申侍べらばやと云。思の外に人々いみじくも云物哉とあや
しふ覚へて、主に此由語るに近くよひ寄て自ら尋ね聞、ひたすら
此を憑としも無れども、又思方なきまゝ此法師うち具
して京へ上にけり。其時此國は大納言なにがしの給はりてむ
在けるに、京に至り著て彼みもと近く行よりて法師の
云樣人を尋んと思ふに、此形のあやしく侍べるに、衣袈裟尋
ね給てむやと云。即かりてきせつ。主の男を具して彼を門に
をきて指入て物申侍べらむと云に、こゝらあつまれる物ども人を
見てはら/\とをりひざまづきて敬を見るに、伊賀の男門の
もとより是を見てをろかに覚へむやは、あさましとまもり奉る。即
かくと聞て大納言いそぎ出合てもてなしさわがるゝ樣事
の外なり。さてもいかに成給ひけるにかと思ばかりなくて過
侍りつるに、さだかにをわしけるこそなんど、かきくどきのたまへり。其をば
言すくなにて左樣の事はしづかに申し侍らむ。今日はさして
申べき事ありてなむ。伊賀の國に年來相憑て侍りつる者
のはからざる外にかしこまりを蒙て國の内を追わるゝとて歎
侍り。いとをしふ侍べるに若深きおかしならずば此法師に
許し給はりなむやときこゆ。とかく申すべきならず左樣にて
おはしければわざとも思しるべき男にこそ侍べるなれとて
元よりもまさざまに喜べき樣の聽宣のたまはせたりければ喜
て出す。又伊賀の男あきれまどへる樣理なり。さま/"\に思
へどあまりなる事は中/\ゑうち出さず。宿に返りてのどかに聞
へむと思ふ程に衣袈裟の上にありつる廳宣さしをきて、きと
立出る樣にてやがていづちともなく隠にけりとぞ。是も
彼玄敏僧都のわざになむ、ありがたかりける心なるべし。
※喜→ごんべんに公、儿 ※欠字、不明瞭な字は、灰色にて表記