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平家公達草紙 重衡の都落ち

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平家公達草紙 東京国立博物館蔵

三位中將重衡といひし人は、世にあひ思事なかりけれど人のなげくことなどをしはかりなだめ申などしければ人もありがたき事によろこびけり。はな/"\ををかしきこといひて人わらはせなどぞしける。かたちもいとなまめかしくきよらなりけり。
壽永二年七月世の中みだれ源氏ども宮こへみだれ入ければ一門の人々内府よりはじめ多くの公卿殿上人みな落ち行きけり。行幸をもなしまゐらせければ世のありさまいふばかりもなくてみな人夢ぢにまよふ心地しけり。
此三位中將大炊御門の前の齋院の御所へ常にまいりてあそびければかたらふ女房なども有けり。宮こをいづとていまひとたびとやおもはれけむ。齋院の御所へまゐりてかくと申ければ宮を
はじめまゐらせてみな人々いそぎいでヽ見給けり。常はなをし色/\の狩衣織物のさしきぬ又公事のついでにてこと/"\しきそくたいなどなるおりもありさやうのすがたにてこそ見ならひたりけるにぎよれうにあきのヽぬいたるよろひひたヽれといふ物に鎧きてたちゑぼしきてまいられたりける。
此すがたのうとましさるはかぎりのたびうきおもかげをしもとヾめんことヽ思ひやすらひながら猶いとま申さまほしくて
とてうちしめりたるごとくいみじくなまめかしくぞ有ける。いであひたる人々も涙にくれてなに事をいふともなかりけり。
中將の君といひし人とりわきたる中なりければかヽるすがたを見るよりいまはとて立いづるまで□□しくたヽえ見ざりけり。又伏見中納言師仲のむすめ中納言の君といふにしのびて□たる人なりけるがそれはたヾ一目みてたちて又も見ざりけるを人々いかほどもうしろかくるヽまでこそ見るべきに思ひの外におぼえけるが中將君はなきしほれながらながらへて三位中將うたれて後さまかへてけり。此中納言君しばしは宮にさぶらひけるが次の季(とし)の春武士にとられてわたさるヽなどきこえける比よりかきくらみてうせにけるがしばしはいづくに有とも人にしられざりけるが後にきこえけるは太子の御はかのあたりにおこなひすましてつゐに宮こへいらずしてやみにけり。されば是こそ猶ふかき心なりけれ。いとま申のおりは又みじとおもひけるもゆへある事なり。いみじくあはれなる事になむひと申ける。

建礼門院右京大夫集によると、中将君の相手は平清経となっており、清経も左近権中将であった事から誤伝が生じたものと考えられる。

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