瀟湘八景 玉澗作2
瀟湘夜雨
先自空江易斷魂 先づ空江より魂を断ち易し、
凍雲粘雨湿黄昏 凍雲雨に粘(ねや)して黄昏を湿ほす。
孤燈篷裏聽簫瑟 孤灯篷裏簫瑟を聴く。
祇向竹枝添涙痕 ただ竹枝に向かひて涙痕を添ふ。
洞庭秋月
西風剪出暮天霞 西風剪り出す暮天の霞、
萬頃煙波浴桂花 万頃煙波桂花を浴す。
漁笛不知羈客恨 漁笛は羈客の恨みを知らず、
直吹寒影過蘆花 直に寒影を吹いて芦花を過ぐ。
煙寺晩鐘
雲遮不見梵王宮 雲遮って見へず梵王宮。
殷殷鐘聲訴晩風 殷々たる鐘声晩風に訴ふ。
此去上方猶遠近 ここ去って上方猶遠近、
爲言只在此山中 いふならく只この山中に在り。
遠浦歸帆
鷺界青山一株秋 鷺界青山一株(いちもう)の秋、
潮平銀浪接天流 潮平かに銀浪天に接して流る。
歸檣漸人蘆花去 帰檣漸く芦花に入り去る。
家在夕陽江上頭 家は夕陽江上の頭(ほとり)に在り。
山市晴嵐
一竿酒旆斜陽裏 一竿の酒旆斜陽の裏、
數簇人家煙嶂中 数族の人家煙嶂の中。
山路酔眠歸去晩 山路酔眠して帰り去ること晩し、
太平無日不春風 太平日として春風ならずといふこと無し。
漁村夕照
薄暮沙汀惑亂鴉 薄暮沙汀乱鴉或(むら)がる。
江南江北鬧魚蝦 江南江北魚蝦鬧(いそが)はし。
呼童買酒大家酔 童を呼んで酒を買うて大家酔ふ。
臥看西風舞荻花 臥して看る西風の荻花を舞はすことを。
江天暮雪
雲淡天低參玉塵 雲淡く天低(た)れて玉塵に參(こながき)す。
扁舟一葉寄吟身 扁舟一葉吟身を寄す。
前湾伊軋數聲櫓 前湾伊軋(いあつ)たり数声の櫓
疑是山陰乗興人 疑ふらくは是れ山陰興に乗ずる人
參…米偏に參
伊…口偏に伊
平沙落雁
古字書空淡墨横 古字空に書して淡墨横たふ。
幾行秋雁下寒汀 幾ばく行(かう)ぞ秋雁寒汀に下る。
蘆花錯作衡陽雪 芦花錯(あやま)って衡陽の雪と作(な)る。
誤向斜陽刷凍令 設(ま)た斜陽に向かひて凍令(とうれい)を刷(かいつくろ)ふ。
令…令+羽令
瀟湘夜雨
先自空江易斷魂 先づ空江より魂を断ち易し、
凍雲粘雨湿黄昏 凍雲雨に粘(ねや)して黄昏を湿ほす。
孤燈篷裏聽簫瑟 孤灯篷裏簫瑟を聴く。
祇向竹枝添涙痕 ただ竹枝に向かひて涙痕を添ふ。
洞庭秋月
西風剪出暮天霞 西風剪り出す暮天の霞、
萬頃煙波浴桂花 万頃煙波桂花を浴す。
漁笛不知羈客恨 漁笛は羈客の恨みを知らず、
直吹寒影過蘆花 直に寒影を吹いて芦花を過ぐ。
煙寺晩鐘
雲遮不見梵王宮 雲遮って見へず梵王宮。
殷殷鐘聲訴晩風 殷々たる鐘声晩風に訴ふ。
此去上方猶遠近 ここ去って上方猶遠近、
爲言只在此山中 いふならく只この山中に在り。
遠浦歸帆
鷺界青山一株秋 鷺界青山一株(いちもう)の秋、
潮平銀浪接天流 潮平かに銀浪天に接して流る。
歸檣漸人蘆花去 帰檣漸く芦花に入り去る。
家在夕陽江上頭 家は夕陽江上の頭(ほとり)に在り。
山市晴嵐
一竿酒旆斜陽裏 一竿の酒旆斜陽の裏、
數簇人家煙嶂中 数族の人家煙嶂の中。
山路酔眠歸去晩 山路酔眠して帰り去ること晩し、
太平無日不春風 太平日として春風ならずといふこと無し。
漁村夕照
薄暮沙汀惑亂鴉 薄暮沙汀乱鴉或(むら)がる。
江南江北鬧魚蝦 江南江北魚蝦鬧(いそが)はし。
呼童買酒大家酔 童を呼んで酒を買うて大家酔ふ。
臥看西風舞荻花 臥して看る西風の荻花を舞はすことを。
江天暮雪
雲淡天低參玉塵 雲淡く天低(た)れて玉塵に參(こながき)す。
扁舟一葉寄吟身 扁舟一葉吟身を寄す。
前湾伊軋數聲櫓 前湾伊軋(いあつ)たり数声の櫓
疑是山陰乗興人 疑ふらくは是れ山陰興に乗ずる人
參…米偏に參
伊…口偏に伊
平沙落雁
古字書空淡墨横 古字空に書して淡墨横たふ。
幾行秋雁下寒汀 幾ばく行(かう)ぞ秋雁寒汀に下る。
蘆花錯作衡陽雪 芦花錯(あやま)って衡陽の雪と作(な)る。
誤向斜陽刷凍令 設(ま)た斜陽に向かひて凍令(とうれい)を刷(かいつくろ)ふ。
令…令+羽令