平家物語 延慶本 巻第四
六 安樂寺の由來の事 付たり靈験無雙の事
そもそも安樂寺と申すは、昔菅原の大臣の思わぬ波に浮き寝して、しほれ給御廟なり。
略
此後かくて露の御命、春の草葉にすがりつつ、いきの松原に日を経れば、山郭公の音闌て、秋の半も過ぎにけり。さても九月始の比、去年の今夜の菊の宴に、清涼殿に侍りて、叡感のあまりに、あづかり給し御衣を取出ししておがみ給とて、幽思きわまらず、愁腸斷へなむとして、作らせ給ひける詩とかや。
御賜の御衣は今在此。捧持ちて終日に拝す餘香。
さりともと世を思し召しけるなるべし。月のあきらかなりける夜。
海ならずたたふる水の淵までに
清き心は月ぞてらさん
略
されば今の平家ほろびたまひて後、文治のころ、伊登藤内、鎮西九國の地頭に補されて、下りたりけるに、其郎從の中に、ひとりの下郎、無法に安樂寺へ亂れ入りて、御廟の梅を切りて、宿所へ持行て薪とす。其男即長死去しぬ。藤内驚きて、御廟に詣でてをこたりを申す。通夜したりけるに、御殿の内にけ高き御音にて、
情なく切人つらし春來れば
主わすれぬやどのむめがへ
不思議なりし御事也。
新古今和歌集
巻第十八 雑歌下
海 菅贈太政大臣
海ならずたたへる水の底までに清きこころは月ぞ照らさむ
第十九 神祇歌
なさけなく折る人つらしわが宿のあるじ忘れぬ梅の立枝を
六 安樂寺の由來の事 付たり靈験無雙の事
そもそも安樂寺と申すは、昔菅原の大臣の思わぬ波に浮き寝して、しほれ給御廟なり。
略
此後かくて露の御命、春の草葉にすがりつつ、いきの松原に日を経れば、山郭公の音闌て、秋の半も過ぎにけり。さても九月始の比、去年の今夜の菊の宴に、清涼殿に侍りて、叡感のあまりに、あづかり給し御衣を取出ししておがみ給とて、幽思きわまらず、愁腸斷へなむとして、作らせ給ひける詩とかや。
御賜の御衣は今在此。捧持ちて終日に拝す餘香。
さりともと世を思し召しけるなるべし。月のあきらかなりける夜。
海ならずたたふる水の淵までに
清き心は月ぞてらさん
略
されば今の平家ほろびたまひて後、文治のころ、伊登藤内、鎮西九國の地頭に補されて、下りたりけるに、其郎從の中に、ひとりの下郎、無法に安樂寺へ亂れ入りて、御廟の梅を切りて、宿所へ持行て薪とす。其男即長死去しぬ。藤内驚きて、御廟に詣でてをこたりを申す。通夜したりけるに、御殿の内にけ高き御音にて、
情なく切人つらし春來れば
主わすれぬやどのむめがへ
不思議なりし御事也。
新古今和歌集
巻第十八 雑歌下
海 菅贈太政大臣
海ならずたたへる水の底までに清きこころは月ぞ照らさむ
第十九 神祇歌
なさけなく折る人つらしわが宿のあるじ忘れぬ梅の立枝を