こんな話がある。
昔、摂津の国辺りより、小金持ちの家に盗みに入ろうと京へ上った男がおった。京に到着したが未だ日が高いため、羅城門の下に立って隠れていたが、朱雀の方には人が沢山往来していたので、人がいなくなるのを待とうと思って門の下で待っていると、山城の方より、大勢の人々がやって来る音がしたので、彼らに見られまいと思って、門の上層にそっとよじ登った所、見ればほのかに火が灯しているのじゃった。
盗つ人は、怪しい事だと思って連子より覗くと、若き女が死んで横たわっているのがあった。その枕元に火を灯して、酷く年老いた真っ白な白髪の老婆が、その死人の枕元に居て、死人の髪を乱暴に抜き取っているのであった。
盗っ人はこれを見るに、理解が出来ず、「これはもしや鬼では無いだろうか?」と思って怖ろしかったが、「もしかして死人の幽霊かも知れぬ。脅して試してみよう。」と思ってそっと戸を開けて刀を抜き、
「こいつめ!こいつめ!」
と叫びながら走り寄ると、老婆は慌てて、手をすり合わせて狼狽すると盗っ人は、
「婆あ!これは何をしているんだ?」
と問い質すと老婆は、
「この方は、私の主人でございますが、お亡くなりになったのですが弔いをしてくれる人がいないので、こうしてここに置いているのです。最近食べる物も満足にしておりませんので、その御髪が背丈より長いので、抜き取って鬘にして売ろうとして抜いていたのです。お助けて下され。」
と言ったので、盗っ人は死人の着たる衣と老婆の着たる衣と抜き取った髪をは奪い取って、急いで駆け下りて逃げ去ったんじゃ。
さて、その羅城門の上層には、死人の骸骨が多くあった。死んだ人を葬る事が出来ぬ者が、この門の上に捨てていたのじゃった。
この事は、その盗っ人が人に語っていたのを聞き継いで、こうして語り伝えているんじゃ。
今昔物語集
羅城門登上層見死人盗人語第十八
今昔、攝津ノ國邊ヨリ盗セムガ為ニ京ニ上ケル男ノ、日ノ未ダ明カリケレバ、羅城門ノ下ニ立隠レテ立テリケルニ、朱雀ノ方ニ人重ク行ケレバ、人ノ静マルマデト思テ、門ノ下ニ待立テリケルニ、山城ノ方ヨリ人共ノ数来タル音ノシケレバ、其レニ不見エジト思テ、門ノ上層ニ和ラ掻ツリ登タリケルニ、見レバ、火髴ニ燃シタリ。盗人、「恠」ト思テ、連子ヨリ臨ケレバ、若キ女ノ死テ臥タル有リ。其ノ枕上ニ火ヲ燃シテ、年極ク老タル嫗ノ白髪
白キガ、其ノ死人ノ枕上ニ居テ、死人ノ髪ヲカナグリ抜キ取ル也ケリ。盗人此レヲ見ルニ、心モ不得ネバ、「此レハ若シ鬼ニヤ有ラム」ト思テ怖ケレドモ、「若シ死人ニテモゾ有ル。
恐シテ試ム」ト思テ、和ラ戸ヲ開テ、刀ヲ抜テ、「己ハ己ハ」ト云テ走リ寄ケレバ、嫗手迷ヒヲシテ、手ヲ摺テ迷ヘバ、盗人、「此ハ何ゾノ嫗ノ此ハシ居タルゾ」ト問ケレバ、嫗、「己ガ
主ニテ御マシツル人ノ失給ヘルヲ、繚フ人ノ无ケレバ、此テ置奉タル也。其ノ御髪ノ長ニ餘テ長ケレバ、其ヲ抜取テ鬘ニセムトテ抜ク也。助ケ給ヘ」ト云ケレバ、盗人、死人ノ着タル
衣ト嫗ノ着タル衣ト抜取テアル髪トヲ奪取テ、下走テ迯テ去ニケリ。然テ其ノ上ノ層ニハ死人ノ骸骨ゾ多カリケル。死タル人ノ葬ナド否不為ヲバ、此ノ門ノ上ニゾ置ケル。此ノ事ハ其ノ盗人ノ人ニ語ケルヲ聞継テ此ク語リ傳ヘタルトヤ。