百人一首一夕話 巻之一
中納言家持
かさゝぎのわたせる橋に
おくしもの白きをみれば
よぞふけにける
新古今集冬の部に題しらずとて入れり。かさゝぎの
橋とうふ事はもと唐土の故事にて淮南子に七月
七日夜烏鵲填河成橋以度織女とありて七夕には
からすどもが羽をよせ合せて天河に橋をかけて
織女をわたすといひ伝へたるより起こりて皇国にてもこの事を鵲の
より羽の橋など歌によみて鵲の橋といへば天上にある橋の
ことゝなりたり。しかるに帝を天子と申し奉るより禁中の事をすべて天上に譬へて
いふ事やまとも唐も同じ事故鵲の橋を禁庭の御殿へ上ぼる御階
の事にいひならはせたり。さればこの歌の心は禁中に宿直して冬の
夜に禁庭の御階のあたりにおきわたしたる霜の真白なるを見ればま
ことに夜の更けたるよと思はるゝといふこと也。
尾崎雅嘉 著
天保四年癸巳秋新刻
浪華書肆 発行