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百人一首一夕話 8 巻之四 1 蔵書

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百人一首秘斗豫峨他梨巻之四
   目録
紀貫之  歌釋
 初瀬寺梅の話           貫之始て假名文を書かれし話
 土佐日記の話           津国河尻の地理古今にかはれる話
 蟻通明神の話           鴬宿梅の話
清原深養父  歌釋
文屋朝康  歌釋
 寛平歌合の話
右近  歌釋
 交野少将の話
参議等  歌釋


平兼盛  歌釋
 申文に書そへたる歌の話      天徳歌合の話
壬生忠見  歌釋
 竹馬に乗て参内する圖の話     天徳歌合に負たる話
清原元輔  歌釋
 万葉集訓讀の話          七夕扇合の話
中納言敦忠  歌釋
 敦忠管絃に長ぜられし話      敦忠容皃美麗の話


蟻通の明神は、和泉の日根にあり。
むかしいづれの帝のおほむときにや、
人の老たるには、やうなきものなれば、
うしなひ捨よとの詔ありしに、
ある司人老たる父母を棄てん
事を悲しみ、床の下に深く
かくせしが、其比異國
より、此國の才をため
さんとてみくさのわ
きがたきものを、おくり
こせしに、人々はか
れどもわきがたし。
司人ひそかに、
老父に問ふに、
二品ともわかち
ぬ。最後七曲の
玉の、上と下
とに穴有るに、
糸を貫くなり
けり。これまた

同じく、老たる
父に問けるに、其
玉のかた/\の口に、
密をぬり、扨
蟻の腰に糸を
むすび、是
を入なば、おの
づからつらぬか
るべしと、をしへのまゝにし
て、三種ともに、異国へ
遣はしぬ。帝深く感じまし/\、
老人を棄つるの事をとゞめ、司
人は大臣になし給ひしとなん。
蟻通の明神とは此老人を祭
るなりと、枕の草子に書けり。

此説、難寳蔵経の趣に
よりて、かりに作りなせる
ものなり。経文こゝに略す。


鴬宿梅は、花白く
八重、赤き點文あり。
薫ことに
   深し。

 貫之の
  娘をさ
  なかりし日
  よめる
     歌

鴬よなど
  さは鳴くぞ
  ちやほしき
小鍋や
  ほしき
 母や
  恋しき


女の男に忘
られしほど、
悲しきはあ
らじ。され
ばうらみ
のゝしり、
あらぬわざ
なんど、なし。
いづるは
常なれど、
猶はたうとみ
捨てらるゝになん。かく
すさめらるゝも、我
身のうへのとがなり
と、みづからをいと
せめて、忘れじと
誓ひてし、神にそむける其人の
かけし玉の緒のきれ
もぞすると、それをしも
ふかくなげきけん、心
のほどの有がたき。
かくてこそ女の情
のまたきものなれ。

 燈の花もうつ
 ろふ閨に、
 ひとりふし柴の
 こるなげきせし、
 紅葉かさねも
 秋はてゝやは、
 しぐれは袖に
   ふりみふらずみ。


易にいふ訟は訴なり。上乾剛にして
厳厲、下をめぐまず、下坎険にして艱
苦にたへず、もらす處なふして天に
訴ふ。故に訟と号く
訴を聞くこと我猶人の如し。
           かならず
 うったへなからしめん
         かといへり。
むかし虞芮の君田を
争ふて、決する事能わはず。
周に往て西伯に訴へ
んとす。周の界に入ば、
畊者はみな畔を遜り、
民俗は皆長に譲る。
二君大に恥我争ひ
訴んとするは、周の人の
恥とする所なりと、西伯
に見えずしてかへり
  ともに其田を
     譲て
      とらず

淳于意の女
上書して、
みづから宮に
入て婢となり
父の刑を贖
んと訴ふ。孝
文孝順なりと
して、これをゆるし
長く肉刑を除
くにいたる。大なる
      哉仁

いにしへは、兼盛なんどいへる、歌人
の國の守に任じて、下られし
ほどに、訴ぶみに、歌よみて奉
るものも有けり。貫之が土佐守
なりしをも、おもひやるべし。


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