中納言朝忠 歌釋
人の妻に贈離別の歌の話 朝忠肥満大食の話
謙徳公 歌釋
梨壷五歌仙の話 檀紙を壁に押さるゝ話
花山院の女二の宮を火の宮と申せし話
曽根好忠 歌釋
船岡子日の遊の話 蓬が杣の話
惠慶法師 歌釋
源重之 歌釋
百首の歌を一人してよみ始し話
大中臣能宣 歌釋
頼基能宣を枕にてうつ話 小野宮殿にて盃の歌よむ話
藤原義孝 歌釋
義孝女に通はるゝ話 義孝兄弟痘瘡の話
藤原實方朝臣 歌釋
實方櫻狩の歌の話 實方行成の冠を打落さるゝ話
實方奥州へ下らるゝ話 安積沼花かつみの話
阿古屋の松の話 實方の執心雀に現ずる話
藤原道信朝臣 歌釋
道信孝心深かりし話 粟田右大臣の養子となられし話
張齋賢が候
吏ひとつの大
なる桶を屏
の後に
かくし、
張公の
一飯
毎に、
別に
この
桶に
一飯
づゝを
投入
試
る
に
桶
溢
るれ
ども、
猶
食
し
やま
ざり
けり
と、
五雑爼に
のせたり。
朝忠卿も、
これら
の
たぐひか。
つれ/"\に云
大臣の大饗はさる
べき處を申うけ
ておこなはる
内裏にて
ありけるを、
申されけるに
よりて、他所へ
行幸ありけり
させることの
よりなけれども、
女院の御所
なんど、かり申
故實なる
とぞ
以次第曰
正月四日
左大臣ノ饗
五日右大臣
饗、是式日
也。而ルニ近代、
任ルノ大臣ニ明年
正月行フ之ヲ。不
行ハ大饗ヲ大臣ハ、不向
饗所云々
宇治拾遺云
西宮殿の大饗に小野
の宮殿を、尊者におは
せよと有ければ、とし老
腰いたくて、庭の拝え
すまじければ、得まうづまじきを、
雨ふらば庭の拝もあるまじ
ければ、まゐりなん。ふらずは
えなんまゐるまじきと、御返事の
ありければ、雨ふるべきよし、いみじ
くいのりたまはりけり
公事根云
圓融院の子日させ給ひけるは、
寛和元年二月十三日の事也。
洛のほどは、御車なりしが、
紫野ちかく成て、上皇は御馬
にめされけり。左右の
大臣以下、皆直衣
にて
殿上人布衣なり。
幄の屋をまうけ、幔
を引めぐらし、小庭
となして、小松ひ
しと
植られたり。籠物
檜破子やうの
ものを奉る。
人々和哥を
献ず。其時
の序者は、
平兼盛
とかや。清
原元輔、曽根
の好忠なんど、いふ
歌人どもにて
侍し云々
曽根好忠、圓融
院の子日に、召しも
なきに、おして参られ、
不覚をとられしは、
此寛和の時にあらざるか。
好忠哥人の數に入れる
よし、公使根元の文にみえたり。