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百人一首一夕話 26 巻之九 3 蔵書

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雄略帝御狩のとき、
猛き猪のくるひ出て、
夥の人をなやなせ
しに、帝一足にして
これを薨したまふ。
後鳥羽の上皇、
たゞ一挙にして、
片野の八郎を
伏せさしめ給ふ。
倶に其勇
   惟ふべ
     し


世の中の、乱れし
さまの浅ましき、
筆墨の上だに、
見るに忍びがたし。
いはんや当時に於
てをや。今日昇
平の有がたき、誰
か是をもって
おもはざら
    んや


太平記に曰
俊基朝臣再び関東へ下向
有し時、宿の名をとひ給へば、
菊川と答ふ。承久の軍に、
光親卿院宣書給ひし
罪に依って、関東へ召
下され、此宿にて
昔南陽縣菊水
といふ、四句を書た
りし事を、思出て、
遠き昔の筆の跡、
今は我身の上に
成り、あはれやいと
まさりけん、一首の
哥を宿の柱にぞ
    かゝれける。
いにしへもかゝる
  ためしを菊川の
 おなじに

  身をや沈めん

承久記には、中御門前
中納言宗行とあり、
太平記に、光親と有は
誤てるものか

風俗通云
南陽酈縣有甘谷
谷水甚美云其
山有大菊水従
山上流下得其
滋液谷中有
三十餘家不
復穿井悉飲
此水上壽百二三
十中百餘下七八十
名之大夭

※ 風俗通義


承久の乱起らんと
為の以前、土御門
帝、未其時にあら
ずと、深く諌給ふ
といへ共、用ひられず。
後二帝、遠嶋に
うつりまします
時、獨此帝の
其事にあ
たり給は
ざるを以
都にとどめ
まゐらせん
とせしに、父
帝と其愁
を倶にせんと、
みづから望んで
遠島にうつり
給ひ、鳳駕遂

にかへらざるに至
る。四条帝崩
御の後嗣なし。
北条泰時、ね
んごろに此帝
の皇子を、
廃宮の
内に需
て、九
五の位
に進め
奉る
夫孝の
大なる、は
たして其栄
を子孫に受。
詩曰孝子
匪匱永錫
尓類

※九五
《易で、九を陽とし、五を君主の位に配するところから》天子の位。
「ふたたび―の帝位をふませ給はんこと」〈太平記・四〉

※詩
詩経 大雅 既醉


    貞信公
君がためいはふ
こゝろのふか
    ければ
ひじりの
  みよの
 あと
  ならへ
   とぞ

(了)


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