つら/\これらの事を思ふに、家あれば、燒失の恐れあり。妻子あれば、はごくまむ思ひあり。眷属あれば、心にしたがはざるうらみあり。寶あれば、盗人の憚あり。田畠あれば、おほやけにつけて、あやぶみあり。
すべて、高き人にはしたがはんことをこばみ、くだれる人をばしがへむとはげむ。をよそ、やすき所なし。いづくにか此の身をやどさむ。
いかにいはんや、只この世ばかりの苦にして、後の世の恐れなくば、さてもありなん。
つたへ聞、人一日一夜のうちをふるに、八億四千の思あり。その念〃のうちになす所は、皆三途の業といへり。その三途におもむかんことは、久しき事かは。たゞ一の息とまり、二のまなこ閉るをまつばかり也。