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Channel: 新古今和歌集の部屋
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昔男時世妝 初冠

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昔男時世妝


      ならの京


  かす
   がの里


昔男時世妝巻之一
  ○むかしおとこ初冠の段
むかしおとこうゐ冠してならの京、春日の里にしる
よしして狩にいにけり。まづ此初段、業平ならの京に
ぬしの領地や在けん。そこらを狩などにも出られたると
見えたり。その里にとは、どこぞそこらのはにふ。今此
ごろの下屋敷などいはんやうなり。里離れの家に、かこはれ
者か、取て置の隠居娘にや、兄弟らしく、前栽に立て
ぴらりしやらりとしてゐるを、此まめおとこふと見付て
これはたまらぬ。かゝる人遠い野やしきにと、気を付て見ら
れれたるを、いとなまめいたる女はらから、此男垣間見てと


はいふ歟。こんな所で、此やうな艶顔の君のおはす事、思ひ
がけもないといふを、いとはしたなくてとはいふならん。いか様
京の場所、縄手あたりか石垣町で、どのやうな若詰ふり袖
でも、常住目に付てあれば、それ程にも思はれぬに、若は
岳崎あたりの隠家、大佛の馬町邊で、しぶ皮のむけた十
七八、浅黄縮の引しごき、ひやうごわけのひんしやんする
が、ひよつと目に懸た時は、てんとこりやと誰しも頭を振
かへつて見るやうな物で、その奈良の古里にて、そんな
見事な兄弟を見られたら、さすがの中將、常不○に
内裏上臈の十二単に裳をかけ、緋の袴の公道なるに、肝心
の靨と口もとを、桧扇で隠さるゝの斗を見られるた目


て、その比の町風、髪も時代の勝山わげ、赤い鈍子のうしろ
帯の結びさげでも見られたら、何が下地が好の道、心地ま
どひにけりとは、さりとては尤至極、早速歌でやつて見る
文作。途中なれば、短尺は有まいし、述の鼻紙に歌も書れず
あゝ扨とふぞ気の替つた事をもと、狩衣の裾を切て、歌
を書てやられしとや。いかさま是は、業平のあそばしさふ
な、後先なしの無算用な恋の仕懸。もしその恋が叶
はぬ時は、まづ狩衣ひとつの御揉と見ゆる。たゞし又
大やうなり。その比の至かも
  かすが野のわかむらさきのすりごろも
   しのぶのみだれみだれかぎりしらずも


此哥を業平、かの兄弟の中へどちらともなくやられし
所に、又どちらともなく、返哥とて、百人一首のうち河原
の左大臣のうた
  みちのくのしのぶもぢずり誰ゆへに
   みだれそめにしわれならなくに
といふて返哥をせらるる。つゐでおもしろきとは、よい
幸の返哥と思ふて、此女もしれもの。早速わかを合さ
れし。是をかく、いちはやきみやびをなんしけるとは
いふならん。逸早き風姿とは、間に合の恋のはめ句と
聞と、あんまり心もちがふまいが、兄弟のうちにても、そもそ
のしのぶの乱のかぎりしられぬは、姉ゆへか妹ゆへにかとすみ


づつくは恋の習ひ。よつて我ならなくに、わしが事なら
嬉しうて成まいにとの心かと聞ゆ。あゝ今時の粋ならまそつと味な、恋の仕懸もあらふのに、ちとは廻り遠い
やうなれども


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