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あづまくだりの段
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此つぎが三河の国八はしの段。いかさま爰は
ちと跡もどりのやうにも有が、そこを八橋といふは、水ゆく川
のくも手とて、あちらへくるり、こちらへくるりと、川の瀬の付
た所をその瀬なりに板橋をば、八所は渡しけるか。見ぬ事なれば
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誰も推量。今はその跡とて、浄土宗の小寺有て、庭に少し
の池有。そこに昔の杜若の殘とて、ちよとしるし斗植ら
れてり。寺に安置の本尊は如意輪観音。これ中將の御作と
かや。そもさればなり平は、佛師を迄し給ひし歟。その沢の邊
の木の陰にをりゐて餉くひけり。そのかみの事なれば、道中
筋もの事、今程自由には有まいし、道明寺の一袋をもお嗜
みなされしが、但は今朝の一夜かりねの宿の賜もの、燒いゐにて
も有けるがまづ爰へと奇麗にもない所で、杜若をながめ/"\、たび
の徒然をなぐさめ給ふ。げにや萬葉にも、旅にしあれば椎の
葉にもるといふ哥も、今更思ひやられてわびしさ。その中に
ある人、業平の哥道に妙にましますを、こゝらで只はと思はれ
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けるか、かきつばたといふ五もじを、句のかみに置て、かゝる旅の
侘しい心を、よみ給へといはれしに
からころもきつゝなれにしつましあれば
はる/"\きぬるたびをしぞ思ふ
と讀せ給ひければ、みな人聞て、是を至極去とては秀逸と
口/"\にほめ立申し、撼涙をながされける。その涙がかれいゐに
かゝり、ほとびにけりとは、あんまりにいはふどてかもしらねど
、又珍らしい時に取ての秀逸。そも此うたは只つい聞た時は其
程にもおもはねども、奥歯にあてゝ味はへば、大かたの旅なり
ともかなしかるべきにいはんや京に身にかへてもと思召す
から衣を召なれし妻し、おもはくのまし/\おぬしは又
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はじめてのうゐたび心、かれこれをおぼし合を、はる/"\
きぬる旅をしぞとは、底に情の深い哥。此うたの面白さ、みな
人の撼涙で、かれいゐのほとびる段か。まそつとしたら、つい牡丹
もちになるまいものでもない。あら面白の御哥や。扨それより猶
行/\て、駿河の国にいたりぬ。宇津の山に至りて、わがいらん
とするに、道はいと闇ふほそきに、蔦かへではしげり、今社は道
中すぢ道よくなり、うつの山も成ほど道廣く、坂も平に中/\
蔦の細道などゝいふやうな所でなし。今のうつの山を通つては
、此物語の心にたがひ、それ程心ぼそい所ならず。されば往昔の
事なれば、成ほどいかにも細い夏山道、蔦むぐらは生茂り、もの
ごゝろ細く、すゞろなる目を見る事とは、お道理かな、ことわり哉。
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扨このすゞろとは、心もこゝならずとの義、うき初旅のかなしさ
、おひとりのやうにおぼし、やう/\とまどひ上り給ふに、高野
聖の如くなる修行者にあひ給ふ。かの聖此人たちの形勢を見
、いと不審し気を付て見れば、雲の上人らしきに、供人とても付
添ず。旅出たちてもないしどけない指貫すがた、ちよつと見にも
合点がゆかず、尋ばやと近づき詞をかけ、かゝる道はいかでか今ヶ様
にはまどひおはしますぞといふを見給へば、業平都にて、いかにも
ねん比に見しり給ひし人也。是はふしぎや、扨地獄にも近付とや
いふのに誠にかなしく、心ぼそい折から、京の近付にあひ給へば、嬉
しうてゆかしうて、覚えずほろりつと落涙し給ひ、ヶ様/\
の事にて、かゝる旅路にまどふぞと、思召をかたり給ひ、我
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かゝる有様、都にもうかへり給はゞ、それかのその御許にて、いと○○○
物がたりをして給はれ。かならず頼むと、立ながら文書付て修行
者にわたし給ふ
するがなるうつのやまべのうつゝにも
ゆめにも人に あはぬ也けり
此哥うつゝにもといはんがため、するがなるうつの山べといつゞきし
。夢にも人にあはぬ也けりと、此なりけりと詰られたで、此
哥の哀さが一入。
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あづまくだりの段
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此つぎが三河の国八はしの段。いかさま爰は
ちと跡もどりのやうにも有が、そこを八橋といふは、水ゆく川
のくも手とて、あちらへくるり、こちらへくるりと、川の瀬の付
た所をその瀬なりに板橋をば、八所は渡しけるか。見ぬ事なれば
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誰も推量。今はその跡とて、浄土宗の小寺有て、庭に少し
の池有。そこに昔の杜若の殘とて、ちよとしるし斗植ら
れてり。寺に安置の本尊は如意輪観音。これ中將の御作と
かや。そもさればなり平は、佛師を迄し給ひし歟。その沢の邊
の木の陰にをりゐて餉くひけり。そのかみの事なれば、道中
筋もの事、今程自由には有まいし、道明寺の一袋をもお嗜
みなされしが、但は今朝の一夜かりねの宿の賜もの、燒いゐにて
も有けるがまづ爰へと奇麗にもない所で、杜若をながめ/"\、たび
の徒然をなぐさめ給ふ。げにや萬葉にも、旅にしあれば椎の
葉にもるといふ哥も、今更思ひやられてわびしさ。その中に
ある人、業平の哥道に妙にましますを、こゝらで只はと思はれ
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けるか、かきつばたといふ五もじを、句のかみに置て、かゝる旅の
侘しい心を、よみ給へといはれしに
からころもきつゝなれにしつましあれば
はる/"\きぬるたびをしぞ思ふ
と讀せ給ひければ、みな人聞て、是を至極去とては秀逸と
口/"\にほめ立申し、撼涙をながされける。その涙がかれいゐに
かゝり、ほとびにけりとは、あんまりにいはふどてかもしらねど
、又珍らしい時に取ての秀逸。そも此うたは只つい聞た時は其
程にもおもはねども、奥歯にあてゝ味はへば、大かたの旅なり
ともかなしかるべきにいはんや京に身にかへてもと思召す
から衣を召なれし妻し、おもはくのまし/\おぬしは又
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はじめてのうゐたび心、かれこれをおぼし合を、はる/"\
きぬる旅をしぞとは、底に情の深い哥。此うたの面白さ、みな
人の撼涙で、かれいゐのほとびる段か。まそつとしたら、つい牡丹
もちになるまいものでもない。あら面白の御哥や。扨それより猶
行/\て、駿河の国にいたりぬ。宇津の山に至りて、わがいらん
とするに、道はいと闇ふほそきに、蔦かへではしげり、今社は道
中すぢ道よくなり、うつの山も成ほど道廣く、坂も平に中/\
蔦の細道などゝいふやうな所でなし。今のうつの山を通つては
、此物語の心にたがひ、それ程心ぼそい所ならず。されば往昔の
事なれば、成ほどいかにも細い夏山道、蔦むぐらは生茂り、もの
ごゝろ細く、すゞろなる目を見る事とは、お道理かな、ことわり哉。
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扨このすゞろとは、心もこゝならずとの義、うき初旅のかなしさ
、おひとりのやうにおぼし、やう/\とまどひ上り給ふに、高野
聖の如くなる修行者にあひ給ふ。かの聖此人たちの形勢を見
、いと不審し気を付て見れば、雲の上人らしきに、供人とても付
添ず。旅出たちてもないしどけない指貫すがた、ちよつと見にも
合点がゆかず、尋ばやと近づき詞をかけ、かゝる道はいかでか今ヶ様
にはまどひおはしますぞといふを見給へば、業平都にて、いかにも
ねん比に見しり給ひし人也。是はふしぎや、扨地獄にも近付とや
いふのに誠にかなしく、心ぼそい折から、京の近付にあひ給へば、嬉
しうてゆかしうて、覚えずほろりつと落涙し給ひ、ヶ様/\
の事にて、かゝる旅路にまどふぞと、思召をかたり給ひ、我
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かゝる有様、都にもうかへり給はゞ、それかのその御許にて、いと○○○
物がたりをして給はれ。かならず頼むと、立ながら文書付て修行
者にわたし給ふ
するがなるうつのやまべのうつゝにも
ゆめにも人に あはぬ也けり
此哥うつゝにもといはんがため、するがなるうつの山べといつゞきし
。夢にも人にあはぬ也けりと、此なりけりと詰られたで、此
哥の哀さが一入。