明月記
建仁二年七月
十三日。天晴る。ー略ー。
昏黒、押小路(万里小路)宅に向ふ。此の女房、今夜初めて院に参ずと云々。此の事、始終尤も狂気に似たり。宰相中将、権門の新妻と同宿。旧宅荒廃するの間、歌芸に依り、院より召し有り。且つ又彼の新妻露顕するの時、此等の事、皆構へて申し置くか。本妻を捨てて官女と同宿、世魂あるの致す所のみ。事又面目にあらずと雖も、宰相中将、一昨日行き訪ふべきの由、相示す。又入道殿、同じく扶持すべきの由、仰せらる。仍て、到り向ふ所なり。此の人の事、又先妣殊に鐘愛し、見放ち難きの故なり。但し、毎事相公羽林沙汰すと云々。内府又、入道殿の御文を以て挙げ申す。已に禁色を聴さると云々。頗る面目となす。亥の時許りに、予車を寄す(入道殿是より先、還りおはしまし了んぬ)。未だ出でられざる以前に、先づ御所に参ず。車、高倉殿の局に寄すべし(内府の妹と云々)。其の局に行く。入道、殊に扶持すべきの由申す。仍て参入の由、其の局に触れ了んぬ。但し、車を立蔀に寄す。右に屏風あり。又女房之を立つべし。疎遠の人の、更に寄るべからず。仍て、只近辺の縁の辺りに居て、見物する許りなり。小時ありて後、車参入す。即ち之を寄す。前駈一人(蔵人大夫ト云ふ者なり)、松明を取る侍、五人なり。出車二両門の外に立つ。童女(アコメを改めて着すと云々。装束に及ばず)車、衣を出さず。門の中に入りて、先づ下るべし。其の由、相公示すと云々。但し、別れて入らざるの由、女房相示す。下らしめざるか。参入するの後に、予退出す。窮屈に依るなり。
押小路女房:俊成女
宰相中将:源(堀川)通具
権門の新妻:在子妹、土御門天皇乳母
内府:源通親、内大臣
入道:藤原俊成
先妣:美福門院加賀、俊成室、定家母、俊成女養母
建仁二年七月
十三日。天晴る。ー略ー。
昏黒、押小路(万里小路)宅に向ふ。此の女房、今夜初めて院に参ずと云々。此の事、始終尤も狂気に似たり。宰相中将、権門の新妻と同宿。旧宅荒廃するの間、歌芸に依り、院より召し有り。且つ又彼の新妻露顕するの時、此等の事、皆構へて申し置くか。本妻を捨てて官女と同宿、世魂あるの致す所のみ。事又面目にあらずと雖も、宰相中将、一昨日行き訪ふべきの由、相示す。又入道殿、同じく扶持すべきの由、仰せらる。仍て、到り向ふ所なり。此の人の事、又先妣殊に鐘愛し、見放ち難きの故なり。但し、毎事相公羽林沙汰すと云々。内府又、入道殿の御文を以て挙げ申す。已に禁色を聴さると云々。頗る面目となす。亥の時許りに、予車を寄す(入道殿是より先、還りおはしまし了んぬ)。未だ出でられざる以前に、先づ御所に参ず。車、高倉殿の局に寄すべし(内府の妹と云々)。其の局に行く。入道、殊に扶持すべきの由申す。仍て参入の由、其の局に触れ了んぬ。但し、車を立蔀に寄す。右に屏風あり。又女房之を立つべし。疎遠の人の、更に寄るべからず。仍て、只近辺の縁の辺りに居て、見物する許りなり。小時ありて後、車参入す。即ち之を寄す。前駈一人(蔵人大夫ト云ふ者なり)、松明を取る侍、五人なり。出車二両門の外に立つ。童女(アコメを改めて着すと云々。装束に及ばず)車、衣を出さず。門の中に入りて、先づ下るべし。其の由、相公示すと云々。但し、別れて入らざるの由、女房相示す。下らしめざるか。参入するの後に、予退出す。窮屈に依るなり。
押小路女房:俊成女
宰相中将:源(堀川)通具
権門の新妻:在子妹、土御門天皇乳母
内府:源通親、内大臣
入道:藤原俊成
先妣:美福門院加賀、俊成室、定家母、俊成女養母