神祇第一
32 二條宰相雅經賀茂社に日參して利生を蒙る事
二條宰相雅經卿は、賀茂大明神の利生にて、成あがりたる人也。そのかみ世間あさましくたえ/”\しくて、はか/”\しく家などもたたざりければ、花山院の釣殿に宿して、それにより歩行にて、ふるにもてるにも只賀茂へまいるをもてつとめとしてけり。其比よみ侍ける。
世の中に數ならぬ身の友千鳥なきこそわたれかもの河原に
この歌、心の中ばかりに思つらねて、世にちらしたる事もなかりけるに、社司忘却其名 が夢に、大明神、
われは、なきこそわたれ數ならぬ身に、とよみたるものゝいとをしき也。たづねよ。
としめし給けり。それよりあまねく尋ければ、この雅經のよみたるなりけり。此示現きゝて、いか計彌信仰の心も深かりけん。
さて、次第に成あがりて、二位宰相までのぼり侍り。是併大明神の利生也。