兼載雑談
一、とよらの寺のえのは井とは井なり。榎葉井と書くなり。かづらきとはとよらのにしなり。とよらの宮はつくしにあり。或人云宮内卿有賢朝臣、時の殿上人七八人相伴ひて、大和國葛城の方へ遊びにいかれたる事ありけり。其時、或所に、荒れたる堂の大きにやう/\しきが見えければ、怪しくて、其名を逢ふ人毎に問ひけれども、知れる人なかりけり。かゝる間に、ことの外に鬢白き翁ひとり見えけり。是はしも樣あらんとて尋ねければ、是をば豐等の寺とぞ申す。と云ふ。人々いみじき事也。と返々感じてさるにては、もし此邊に榎葉井と云ふ井やある。と問ふ。皆あせて水も侍らねど、跡は今に侍る。とて、堂より西いくほども去らぬ程に行きて教えければ、人/\興に入りて、やがてそこに群れ居て、葛城と云ふ哥十返歌ひて、この翁に衣ども脱ぎてかづけたりければ、覺えぬ事に遭ひて悦び畏まりて去りける。とぞ。近くは、土御門内大臣家に毎月影供せらるゝことの侍し比、忍びて御幸などなる時も侍りき。...歌論無名抄榎葉井事
一、とよらの寺のえのは井とは井なり。榎葉井と書くなり。かづらきとはとよらのにしなり。とよらの宮はつくしにあり。或人云宮内卿有賢朝臣、時の殿上人七八人相伴ひて、大和國葛城の方へ遊びにいかれたる事ありけり。其時、或所に、荒れたる堂の大きにやう/\しきが見えければ、怪しくて、其名を逢ふ人毎に問ひけれども、知れる人なかりけり。かゝる間に、ことの外に鬢白き翁ひとり見えけり。是はしも樣あらんとて尋ねければ、是をば豐等の寺とぞ申す。と云ふ。人々いみじき事也。と返々感じてさるにては、もし此邊に榎葉井と云ふ井やある。と問ふ。皆あせて水も侍らねど、跡は今に侍る。とて、堂より西いくほども去らぬ程に行きて教えければ、人/\興に入りて、やがてそこに群れ居て、葛城と云ふ哥十返歌ひて、この翁に衣ども脱ぎてかづけたりければ、覺えぬ事に遭ひて悦び畏まりて去りける。とぞ。近くは、土御門内大臣家に毎月影供せらるゝことの侍し比、忍びて御幸などなる時も侍りき。...歌論無名抄榎葉井事