尾張廼家苞 三
離別歌 みやこの外へまかりける人によみて贈ける 惟明親王
なごりおもふ袂にかねてしられける別るゝ旅の行末の空 (なごりとは、人にわかれて後その人の事がこゝろに残りてはなるゝ事なき 也。なごりおもふ袂とは、いまだ別れざるさきより、別れて後のこひしかる べき事をおもへばたもとのぬるゝ也。一首の意は別に臨みて、別れて後 恋しかるべき事をおもへば、やがて袂がぬるゝ故別て行玉に行末の草葉 の露にて袂がぬるゝ事もおもひしられたりと也。此哥正明がもたる本ニ誰 としもの上ニ有。こゝは其序也。諸本わするなよの次ニあり。其心してみるべし。 守覺法親王ノ家ノ五十首歌ニ 隆信朝臣 たれとしもしらぬ別のかなしきは松浦の沖をいづる舟びと 松浦はおもこしへ渡る海なれば、誰としもしらぬ人の 別もかなしと也。 みちのくへまかり侍ける人に餞し侍けるに 西行
君いなば月まつとてもながめやらんあづまの方の夕ぐれの空 一首の意、君がみちのくへ行たまはゞ、夕ぐれの月まつにつけても、 あづまの方のそらよとて、ながめやらうと也。 遠き所に修行せむとて出たちける人〃わかれ をしみてよみ侍ける 西行 たのめおかむ君も心やなぐさむと帰らんことはいつとなくとも 詞書、をしみけるにとか、ければとかあるべき事なり。 上句二三一と次第して見べし。たのめおかむは、いつ のほどにかへらんと契りおく也。君もといへるに、我 の意あるべし。一首の意は、此旅は、帰京はいつ比の事と いふ心あてはなけれど、大ていいつ時分と約 束しておかう、君も心がなぐさむかもしらず、 われらもはり合になるであらうとたのむ也。
さりともとなほあふ事をたのむ哉しでの山路をこえぬ別は (一首の意、又いつあはうと、さきにこゝあてはなけれど、死わかれと いふでもない故に、さはいひながら、又あふ事があるであらうとた のむと なり。) 題しらず 俊成卿 かりそめの旅のわかれとしのぶれど老はなみだもえこそとゞめね かりそめの旅と引つゞけてみる時は、ちかき旅なり。此意 なり。 又かりそめのと切て、旅の別と見る時は、死ぬる別にむかへ ていふ也。老はとあればさも聞ゆる也。老はとありてもさは聞 えず。かくうがちて見る はよくも あらず 。忍ぶは、おさへしのぶ也。一首の意は、たかゞ其所まで行 て来る、ちよつとした旅の別 の事とこらへてはみれど、老といふ物は、 泪もろな物で、えとゞめぬとなり。 結句はたび行人をえ
とゞめぬに、なみだもえとゞめぬなり。もは嘆辞、いまの 俗にも、亰人はもう といふ。つゝともうなどいふ、尾張人はまあといふ。をれがまあきのいたむ 事といふはなどいふ也。二ツをかねたるもにあらず。別もえとゞめぬと、 別をかけて みるべからず。
定家朝臣 わするなよやどる袂はかはるともかたみにしぼるよはの月影 二三の句は、又こと人と契をかはして、今かたみにしぼる我 袂はかはりて、こと人の袂にやどるとも也。此心にはあらじ。こと人 と別する義ニはあらず。 たもとのかはるとは、月日 ふるほどに、衣を更る也。 かたみにはたがひに也。契きなか たみに袖をしぼりつゝ云〃。此歌すべて こゝに用なし。一首の意は、 又こと人とかたらひをなして袂はかはるとも、今かたみに
しぼりあひてにわかれをゝしむ此たもとにやどる月影 をばわするなどなり。(一首の意はわかれのかなしさにたがひニ こよひの月にたもとをしぼるがたとへ 月日がたちて衣をかへてやどるたもとはかはるともこよひのかなしさ をわするゝなと也。先生の説はすべて恋の哥のやうなるときざま 也。こと人とかたらふなど もとより此哥の義にあらず)わかれ行人の歌にてとゞまる女に よみかけたる意也(わかれ行人の哥としてもきこゆ れど猶旅だつ人のうたなり )