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西行物語 伊勢

伊勢

さてもだいじんぐうにまうではべりぬ。みもすそがはのほとり、杉のむらだちの中に分け入り、一の鳥居の御前にさぶらひて、はるかにごてんを拝し奉りき。

そも/\たうしや、三宝のみなをいみ、法師の御殿近く参らぬことは、昔この國いまだなかりける時、大海の底にだいにちのいんもんあり。これによりて太神宮、あめのさかほこをさし入れてさぐり給ひけるに、その鉾のしたたり、露のごとくになりけるを、だいろくてんの魔王遙かに見て、このしたたり、國とならば、仏法をるふし、じんりんしやうじをいづべきさうありとて、失はむとしけるに、太神宮三宝の名をも聞かず、わが身にも近づけじと誓い給ひき。その御言葉によって、外にはしやもんの形を忌み、内には仏法を守護し給ひき。あまのいはとを押し開き、つひにじつげつの御光に当るもの、皆これたうしやの御なり。総じて、大海の底のだいにちのいんもんより、事おこりて、たいこんりょうぶの大日、ないくうはたいざうかいの大日、玉垣みづがき荒垣など、ぢゆうぢゆうなること四重、まんだらをかたどれり。げくうはこんがうかいの大日、あるいはみだとも並び奉る。しかるにわがてうに鎭座ありし御事は、すいにん天皇二十五年にいたりて、太神宮のみことのりによって伊勢國わたらひのこほりいすずがはのみなかみに、みやはしらふとしきたてて、あまてるおんかみをあがめ奉りて、やがて天皇のくわうぢよやまとひめをさいぐうといはひ参らせて、あまつひもろぎを供へ、あめが下を治め、よよのみかど、そうべうとして、今にめでたくましましき。

なかんづく、ごてんのかやぶきなる事、ごくうをただみきねつく事も、國のつひえ、人のわづらひをおぼしめすゆゑなり。ちぎも鳥居もすぐに、かつをぎたるきも曲らざる事、人の心を素直ならしむとおぼしめす。されば心素直にして、たみの煩ひ、國のつひえを思はむ人、さだめて神慮にかなふべきなり。まことにふしやうふめつ、びるしやなほつしんの内証をいでて、ぐちてんたう、ししやうの群類を助けむと、跡を垂れまします。本意、しやうじのるてんをやめて、常住のぶつだうにいれしめむとなり。しやうをも死をもともに忌み、佛法を修行し、じやうどぼだいを願ふ人、ことに神の御心にも叶ひ、ただこんじやうの栄華福徳をのみ祈り、道念なからむ者は、しんりょにもかなふべからずなど、ほんぢの深きりやくを仰ぎ、わくわうの近きはうべんを思ふに、信仰の涙、すみぞめのそでにあまる。

しばらくありて、かくなむ

みやばしらしたつ岩根にしきたてて露も曇らぬ日の光かな

深くいりてかみぢの奧をたづぬればまたうへもなきみねの松風

かみぢやまのあらしおろせば、みねのもみぢばみもすそがはのなみに敷き、にしきをさらすかと疑はれ、みかきの松を見やれば、ちとせの、こずゑにあらはる。同じみやまの月なれば、いかにこの葉隱れもなど思ふ。ことに月の光も澄みのぼりければ、

かみぢやま月さやかなる誓いにてあまのしたをば照らすなりけり

さかきばに心をかけむゆふしでを思へば神も佛なりけり

 

※ みやばしら
  1877 第十九 神祇歌

※かみぢやま
  1878 第十九 神祇歌


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