行川の流は絶ずしてしかも元
の水にはあらず。淀にうかぶ泡は
◯消かつ結びて久しくとま
ることなし。世の中に有人と
栖とまたかくのごとし。玉敷の都
のうちに棟をならべ甍をあらそ
へるたかきいやしき人の住居
は代々を經てつきせぬ物なれ
巻末
月影は入る山の端もつらかりき
たえぬ光を見るよしもがな
(参考)大福光寺本
ユク河ノナカレハタエスシテシカモゝトノ水ニ
アラス。ヨトミニウカフウタカタハカツキエカツム
スヒテヒサシクトゝマリタルタメシナシ。世中ニアル
人ト栖ト又カクノコトシ。タマシキノミヤコノウチ
ニ棟ヲナラヘイラカヲアラソヘルタカキヤシキ人
ノスマヒハ世々ヲヘテツキセヌ物ナレト是ヲ
マコトカト尋レハ昔アリシ家ハマレナリ。
(参考)前田家本
行く川の流れは絶えずして、しかも元の水に
非ず。淀みに浮かぶ泡沫は、かつ消え、かつ結
びて、久しく留まる事無し。世の中にある
人と栖と斯くの如し。玉敷の都の中
に甍を争える、貴き賎しき人
の住まひは、世々を経て尽きせぬものなれ(ど、是を
真かと尋ぬれば、昔ありし家は稀なり。)
(参考)冷泉家時雨亭文庫
行河のながれはたえずしてしかも本の水に
あらず。よどみにうかぶうたかたはかつきえかつむ
すびて久しくとゞまることなし。世の中にある
人と栖と又かくのごとし。たましきの宮この内
に棟をならべ甍をあらそへるたかき賎き人
まことかとたずぬれば昔ありし家はまれなり。
(参考)延徳本 略本系
行川のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみにうかぶうたかたはかつきえかつむすんで、ひさしくとゞまることなし。世の中にある人もすみかも、又かくのごとし。もろ/\の里〃に棟をならべ、いらかをあらそへる、たときいやしき人の住ゐも、世〃を経てつきせぬ物なれ(ども、むかしありしは今はなし。)
※水にはあらず 古本系統、流布本系統、略本系統無し。
※とまる 兼良本、近衛本、嵯峨本(流布本系統)と同じ。
※月影の 流布本系統に記された歌
賀茂大橋より加茂川、高野川の河合