家長日記
其ノ後、思ひがけず對面して侍りしに、それかとも見えぬほどに痩せ衰へて
世をうらめしと思ひ侍らざらましかば、憂き世の闇は晴るけず侍りなまし。これぞ眞の朝恩にて侍るかな。
と申して、苔の袂もよゝとしほれ侍りし。
憂き世を思ひ捨てず、少しのほだしにもこれが侍り。
とて、歌の返し書きたりし琵琶の撥を、經袋より取り出でゝ、
これはいかにも、苔の下まで同じ所に朽ち果てむずるなり
とぞ申し侍りし。なほ心にいれたりしことを思ひ捨てがたき事にして、いさゝか妨げともなるまでおぼゆらむいとほしさよ。