濁悪の世にしも生れあひて、かゝる心うき
わざをなん見侍き又あはれなることも侍き
さりがたき女男など持たる者は、其心ざし
まさりてふかきはかならず死すそのゆへは
我身をば次になして男にもあれ、女に
もあれいたはしくおもふかたに、たま/\
乞得たる物を先ゆづるによりてなり
されば父子ある者は定まれける事にて
親ぞさき立て死にける。父母が命つ
きてふせるをしらずして、いとけなき
子のその乳房をすいつきつゝ、ふせる
濁悪の世にしも生れあひて、かかる心憂き わざをなん見侍き。又あはれなることも侍 き。さりがたき女・男など持たる者は、其 心ざしまさりて、ふかきはかならず死す。 そのゆへは、我身をば次になして、男にも あれ、女にもあれいたはしく思ふかたに、 たまたま乞得たる物をまづゆづるによりてな り。されば、父子ある者は定まれける事にて、 親ぞ先立て死にける。父母が命つきて伏せ るを知らずして、いとけなき子のその乳房 を吸いつきつつ、ふせる (参考)前田家本 濁世にしも生まれ逢ひて、掛かる心憂き 業をなん見侍き。又いと哀れなる事も侍 き。去り難き妻、男なん持ちたりける者は、そも 思ひ勝りて深き者は、必ず先だちて死ぬ。 その故は、わが身をは次にして、人を いたはしく思ふ間に、 稀々得たる物をも先づ彼に譲るによりて 也。されば、親子ある者は、定まれる事にて、 親ぞ先に立ちける。又、母が命尽きた るを知らずして、稚き子の猶乳 を吸いつゝ伏せる (参考)大福光寺本 濁悪世ニシモムマレアヒテカゝル心ウキ ワサヲナン見侍シイトアハレナル事モ侍 キサリカタキ妻ヲトコモチタル物ハソノ オモヒマサリテフカキ物必サキタチテ死ヌ ソノ故ハワカ身ハツキニシテ人ヲ イタハシクヲモフアヒタニ マレマレヱタルクヒ物ヲモカレニユツルニヨリテ ナリサレハヲヤコアル物ハサタマレル事ニテ ヲヤソサキタチケル又ハゝノ命ツキタ ルヲ不知シテイトケナキ子ノナヲチ ヲスイツツフセル木もとぼしきなり。 車にのるべきは馬にのり 衣冠布衣なるべきは直 垂をきたり 皆そのつね をうしなひしすがた也。 いにしへのかしこき御代 史記秦本紀、韓子曰 堯舜采椽不刮茅茨 不翦飯土塯啜土形 六韜、帝堯王天下之 時金銀珠玉不飾錦 繡文綺不衣奇怪珎 異不視玩好之器不 寶淫佚之樂不聴宮 垣屋室不堊甍桷椽 楹不斲茅茨徧庭不 ※史記秦本紀 史記 秦始皇本紀 ※六韜 Web漢文体系参照 前田家本