下巻 12頁ウー13頁オ 民部卿局筆
ちひろさらせるぬのびきのたき
なつすまのうらにたび人ゆく
まちどをに宮この人はおもふらむ
すまのはまべはすみうかりけり
ながらのはしをふねこぐ
夏の日のながらのはし浦にふねとめて
いづれがはしとゝへどこたへぬ
すみよしにあまのいへあり
かぜふかぬなつのひなれどすみのえの
まつのこずゑはなみぞたちける
秋さが野に花みる女あり
はなみつゝくれなばのべにやどりせむ
夜のまもむしのこゑをきくべく
おほゐにいかだくだすもみぢ
みる人あり
大井がはいかだのさほもさすまなく
にしきにみゆるなみのうへ哉
秋こゝゐのもりにもみぢみる人あり
人のおやの思ふこゝろやいかならむ
こゝゐのもりの秋のゆふぐれ
かたのにかりする人あり
あさまだきしもうちはらひかりにくる
かたのゝきじはたちやしぬらん
(ある所の御屏風の)
(夏衣涼みがてらにたちもきむ)千尋曝せる布引の滝
夏、須磨の浦に、旅人行く
まちどをに都の人は思ふらむ須磨の浜辺は住み憂かりけり
長柄の橋を舟漕ぐ
夏の日の長柄の浦に舟とめていづれが橋と問へど答へぬ
新古今和歌集巻第十七 雑歌中
長柄の橋をよみ侍りける 恵慶法師
春の日のながらの浜に船とめていづれか橋と問へど答えぬ
よみ:はるのひのながらのはまにふねとめていづれかはしととへどこたえぬ 隠 隆
意味:長閑な春の日に、長柄橋のあった辺りの浜に舟を停めて、一体長柄の橋があったのはどの辺りだねと聞いても遥か昔の事なので、誰も答えない。
備考:恵慶集によると、「ある所の御屏風に、長柄の橋を舟漕ぐ」と題し、「春の日」は「夏の日」、「浜に」は「浦に」。
住吉に蜑の家あり
風吹かぬ夏の日なれど住之江の松の梢は波ぞ立ちける
秋、嵯峨野に、花見る女あり
花見つつ暮れなば野辺に宿りせむ夜の間も虫の声を聞くべく
大井に筏下す、紅葉見る人あり
大井川筏の竿も差す間なく錦に見ゆる波の上かな
秋、子恋の森に、紅葉見る人あり
人の親の思ふ心やいかならむここゐの森の秋の夕暮
交野に狩する人あり
朝まだき霜うち払ひ狩に来る交野の雉子は立ちやしぬらん