二條院讃岐
世にふるはくるしき物を槙の屋にやすくも過るはつしぐれかな
めでたし。 くるしきと、やすく過るとをたゝかはせたり。
ふるき抄に、槙の屋は、結構なる屋也。世のうきならひは、此結
構なる家に居ても、のがれざりけりと也と註せるは、物をといひ、
やすくも過るといへるを、いかに見たるにか、いとをかし。 たゞし
ぐれにてあるべきをも、初時雨とよむは、此集の比の常なり。
此哥などは、むらしぐれとあらまほしくこそおぼゆれ。
だいしらず 宜秋門院丹後
吹はらふ嵐の後の高根より木葉くもらで月やいづらむ
詞めでたし。 月ぞ出けるといふべき哥なるを、詞を◯
むにあらせんとて、月や出らんといへるいかゞ。今の人の哥にも、
此難つねにあることなり。春は來にけりといふべきをも、春
や來ぬらんといふたぐひなり。
春日社哥合に暁月 通光卿※
霜こほる袖にも影はのこりけり露よりなれし有明の月
めでたし。下句詞めでたし。 のこりけりは、秋の影の
残れると、明方にのこれることをかねたり。
和歌所にて六首うた奉りしに冬月
家隆朝臣
ながめつゝいく度袖にくもるらむ時雨にふくる有明の月
千五百番哥合に 具親
今よりは木葉がくれもなけれどもしぐれに残るむら雲の月
今よりはといふ詞は、木葉がくれのなきへかゝれるのみ也。下句まで
へかけては見べからす。 下句は、時雨故に、むら雲の残れる月と
いふ意にて、木葉は残らねども、村雲の残りて夫にさはる月也。
題しらず
はれくもる影をみやこにさきだてゝしぐるとつぐる山のはの月
しぐるとつぐるは、すなはち上句のさまをいふ。 みやこと山
端と相對へり。
五十首哥奉りし時 寂蓮
たえ/"\に里わく月のひかりかなしぐれをおくるよはの村雲
めでたし。上句詞めでたし。
題しらず 慈圓大僧正
もみぢは(をイ)おのが染たる色ぞかしよそげにおけるけさの霜かな
三の句、色なるをといふべきを、色ぞかしといへるは、其ことはりを、
霜にいひきかせたるさま也。 四の句、詞も少しいうならざ
るうへに、よそといふことも、少しかなはぬやうなり。俗によそ
よそしげにといふ意なり。
※◯は読めない字
※通光卿は、通具卿の誤記。