「君の御髪は、我削がん」とて「うたて。所狭うもあるかな。いかに生ひやらんとすらん」と、削ぎ煩ひ給ふ。
紫上
たりねうばういでたつやとの給て、ひめ君のいとう
つくしげにつくろひたてゝおはするを、うちゑみてみ
源詞
奉り給。きみはいざ給へ。もろともに見んよとて、御
ぐしのつねよりもきよらにみゆるを、かきなで
給ひて、ひさしうそぎ給はざめるを、けふはよき
日ならんかしとて、こよみのはかせめして、ときとは
せなどし給ふほどにまづ女房いでねとて、わ
らはのすがたどものおかしげなるを御らんず。いと
らうたげなるかみどものすそ、はなやかにそぎ
わたして、うきもんのうへのはかまにかゝれるほど
けざやかにみゆ。きみの御ぐしはわれそがんとてうた
てところせうもあるかな。いかにおひやらんとす
らんとそぎわづらひ給ふ。いとながきひとも、ひた
いがみはすこしみじかくぞあめるを、むけにをく
れたるすぢのなきや。あまりなさけなからんと
てそぎはてゝ、ちいろといはひきこえ給ふを、
せうなごんあはれにかたしけなしとみ奉る
源
はかりなきちひろのそこのみるぶさのお
ひゆくすゑはわれのみぞみん。ときこえ給へ
り
紫
ちひろともいかでかしらんさだめなくみちひる
地
しほののどけからぬに。ものにかきつけておはする
さま、らう/\しき物から、わかうおかしきをめで
たしとおぼす。けふも所もなくたちこみにけり。
むまばのおとゞのほどにたてわづらひて、かんだち
源
めのくるまどもおほくて、物さはがしげなるわたりかな
内侍也
とやすらひ給ふによろしき女くるまのいたうの
りこほれたるより、あふぎをさしいでゝ、人をま
ねきよせて、こゝにやはたてせ給はぬ。ところさり
源
きこえんときこえたり。いかなるすきものならんと
おぼされて、所もげによきわたりなれば、ひきよせ
たり。「女房出で立つや」と宣ひて、姫君のいと美しげにつくろひ立てて
おはするを、打笑みて見奉り給ふ。「君は、いざ給へ。もろともに見んよ」
とて、御髪の常よりも清らに見ゆるを、掻き撫で給ひて、「久しう削ぎ給
はざめるを、今日は善き日ならんかし」とて、暦の博士召して、時問はせ
などし給ふほどに、「先づ女房出でね」とて、童の姿共のおかしげなるを
御覧ず。いとらうたげなる髪共の末(すそ)、はなやかに削ぎ渡して、浮
紋のうへの袴に懸れるほどけざやかに見ゆ。「君の御髪は、我削がん」と
て「うたて。所狭うもあるかな。いかに生ひやらんとすらん」と、削ぎ煩
ひ給ふ。「いと長き人も、額髪は、少し短くぞあめるを、むけに後れたる
筋の無きや。余り情けけ無からん」とて削ぎ果てて、「千尋(ちいろ)」
と祝ひ聞こえ給ふを、小納言、あはれにかたじけ無しと見奉る。
はかりなき千尋の底の海松ぶさの生ひゆく末は我のみぞ見ん
と聞こえ給へり。
千尋ともいかでか知らん定めなく満ち干る潮ののどけからぬに
物に書き付けておはす樣、らうらうしき物から、若う可笑しきを、めでた
しとおぼす。
今日も所も無く、立ち混みにけり。馬場(むまば)の大殿の程に、立て煩ひ
て、「上達部の車共多くて、物騒がしげなるわたりかな」とやすらひ給ふ
に、よろしき女車のいたう乗りこぼれたるより、扇を差し出でて、人を招
き寄せて、「ここにやは立てせ給はぬ。所避りきこえん」と聞こえたり。
いかなる好き者ならんとおぼされて、所も実に良きわたりなれば、引き寄
せ
和歌
源氏
はかりなき千尋の底の海松ぶさの生ひゆく末は我のみぞ見ん
意味:誰も見る事がない、限りが無く深い海の底に生える海松房のような黒髪が、伸び行く末まで、紫の上を私だけは見届けよう。末長く。
備考:海松房は、海松の枝が房となった物で、昔、髪削ぎの時に用いた。
紫の上
千尋ともいかでか知らん定めなく満ち干る潮ののどけからぬに
意味:どんなに深い千尋の愛情の心と言っても、どうして知る事ができるでしょう?定なく満ちたり干たりするような、落ち着かず、あっちこっちの女性に言い寄り、長閑にすることが出来ない貴方の言う事に。