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Channel: 新古今和歌集の部屋
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中原親能 玉葉 寿永二年十一月七日

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玉葉(九条兼実日記) 訓読玉葉(高橋貞一 著)第5巻 巻第三十六より
寿永二年(1183年)十一月七日丁酉。天陰る。晩に及び雨下る。伝へ聞く。義仲征伐せらるべき由により、殊に用心鬱念の余り、かくの如く承り及ぶ由、院に申さしむと云々。仍つて院中の警護の武士に入れられ申し了んぬと云々。行家已下、皆悉くその宿直を勤仕す。而るに義仲一人その人数に漏るる由、殊に奇となす上、又中言の者あるか。行家明夕必定下向と云々。頼朝代官今日江州に着くと云々。その勢僅に五六百騎と云々。忽に合戦の義を存せず。只物を院に供せんための使と云々。次官親能(広季の子)并びに頼朝の弟(九郎)等上洛すと云々。ーー略ーー。

中原親能平安時代末期から鎌倉時代初期の下級貴族、鎌倉幕府の文官御家人。源頼朝の側近。正五位下、明法博士、斎院次官、美濃権守、式部大夫、式部大輔、掃部頭、穀倉院別当。鎌倉幕府 公文

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