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木曽義高の最後(狭山市清水八幡宮)

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清水八幡宮(狭山市入間川3丁目35−10)

覚一本平家物語巻第七 清水冠者
じゆえい二年三月上旬に、ひやうゑのすけときそのくわんじやよしなか不快の事ありけり。ひやうゑのすけきそついたうの為に、そのせい十万余騎でしなののくにへはつかうす。きそはよだのじやうにありけるが、これを聞いてよだのじやうを出でて、しなのとゑちごの境、くまさかやまに陣をとる。ひやうゑのすけは同じき国ぜんくわうじに着き給ふ。きそめのとごのゐまいしらうかねひらを使者で、ひやうゑのすけのもとへつかはす。「いかなるしさいのあれば、よしなかうたむとはのたまふなるぞ。ごへんはとう八ヶ国をうちしたがへて、東海道より攻めのぼり平家を追ひおとさむとし給ふなり。よしなかもとうせんほくろく両道をしたがへて、今いちにちもさきに平家を攻めおとさむとする事でこそあれ。なんのゆゑに御辺とよしなかとなかをたがうて、平家にわらはれんとは思ふべき。但しじふらうくらんどどのこそ、ごへんをうらむる事ありとて、よしなかが許へおはしたるを、よしなかさへすげなうもてなし申さむ事、いかんぞやさうらへば、うちつれ申したれ。まッたくよしなかにおいては、ごへんに意趣思ひ奉らず」といひつかはす。ひやうゑのすけの返事には、「今こそさやうにはのたまへども、たしかによりとも討つべきよし、むほんのくはたてありと申す者あり。それにはよるべからず」とて、とひ、かぢはらをさきとして、既にうつてをさしむけらるる由聞えしかば、きそしんじつ意趣なき由をあらはさむがために、嫡子清水冠者義重(しみずのくわんじやよししげ)とて、しやうねん十一歳になるこくわんじやに、海野(うんの)、望月(もちづき)、諏方(すは)、藤沢(ふぢさは)なンどいふ聞ゆるつはものどもをつけて、ひやうゑのすけのもとへつかはす。ひやうゑのすけ、「このうえはまことに意趣なかりけり。よりともいまだ成人の子をもたず。よしよしさらば子にし申さむ」とて、しみずのくわんじやをあひぐして、鎌倉へこそ帰られけれ。
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四部合戦状本平家物語巻第七 頼朝義仲不快今加樣被作其不可寄越後与信濃境板橋宿差向討手先陣。木曽真實為顕無意趣之由嫡子清水冠者成十一歳小冠遣兵衛佐許此上引返是無差事。木曽同意平家可責東国之由聞武田五郎信光讒言。兵衛佐引返木曽不返信濃未安堵之程。
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吾妻鏡 元暦元年四月廿一日己丑。自去夜、殿中聊物忩。是志水冠者雖爲武衛御聟、亡父已蒙 勅勘被戮之間、爲其子其意趣尤依難度可被誅之由内々思食立、被仰含此趣於眤近壮士等。女房等伺聞此㕝、密々告申姫公御方仍志水冠者廻計略。今曉遁去給。此間、假女房之姿。姫君御方女房圍之出墎内畢。隠置馬於他所令乘之。爲不令人聞以綿褁蹄云々。而海野小太郎幸氏者、与志水同年也。日夜在座右、片時無立去、仍今相替之。入彼帳臺、臥宿衣之下、出髻日闌之後、出于志水之常居所。不改日來形勢、獨打雙六勝負、朝暮翫之。幸氏必爲其合手。然間至于殿中男女、只成于今令坐給思之處。及晩縡露顯。武衛太忩怒給。則被召禁幸氏。又分遣堀藤次親家已下軍兵於方々道路。被仰可討止之由云々。姫公周章令銷魂給。
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廿六日甲午。堀藤次親家郎從藤内光澄皈參。於入間河原誅志水冠者之由申之。此㕝雖爲密儀、姫公已令漏聞之給。愁歎之餘令漿水給。可謂理運。御臺所又依察彼御心中、御哀傷殊太。然間殿中男女多以含歎く色云々。
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影隠地蔵(狭山市柏原)
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信濃坂
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鎌倉街道(狭山中央通り)
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