なおえおほしなをすまじきなめりかし。さいくう
の御きよまはりもわづらはしくやなど、ひさしう思
ひわづらひ給へど、わざとある御かへりなくはなさけ
宮ノ詞
なくやとて、むらさきのにばめるかみに、こよなう
ほどへ侍にけるを、思ひ給へをこたらずながら、つゝ
ましきほどはさらにおほししるらんやとてなむ
源
とまる身もきえしもおなじ露の世に心
をくらんほどぞはかなき。かつはおほしけちてよかし。
たイ 御息所
御らんせずもやとて、これにもときこえ給へり。さと
におはするほどなりければ、しのびてみ給て、ほのめかし
給へるけしきを心のをにゝしるくみ給て、さればよとお
ぼすもいといみじ。なをいとかぎりなき身のうさなり
けり。かやうなるきこえありて、ゐんにもいかにおぼさん、
こ
故せんばうのおなじき御はらからといふなかにも、
いみじう思ひかはしきこえさせ給て、このさいくうの御
ことをもねんごろにきこえつけさせ給ひしかば、その御
かはりにもやがてみ奉りあつかはんなどつねにの給
はせて、やがてうちずみし給へと、たび/\きこ
えさせ給しをだに、いとあるまじきことゝおもひ
はなれにしを、かく心よりほかにわか/\しきもの
思ひをして、つゐにうきなをさへながしはつべき
ことゝおぼしみたるゝに、なをれいのさまにもおは
せず。さるは大かたの世につけて、心にくゝよしある
きこえありて、むかしよりなたかくものし給へば、
のゝみやの御うつろひのほとにも、おかしういまめき
たることおほくしなして、てん上゛人゛とものこのまし
きなどは、あさゆふの露わけありくを、そのころ
のやくになんするなどきゝ給ても、大将のきみ
はことはりぞかし、ゆへはあくまでつき給へる物を、も
し世中にあきはてゝくたり給ひたば、さう/"\
しくもあるべきかなと、さすがにおほされけり。御ほ
四十九日也
うじなどすぎぬれど、正日までなをこもりおはす。
頭中将也三位ノ
ならはぬ御つれ/"\を心ぐるしがり給て、三位中将
なおえおぼし、直すまじきなめりかし。斎宮の御潔まはりも煩はしくやなど、
久しう思ひ煩らひ給へど、わざとある御返りなくは、情けなくやとて、紫の鈍
める紙に、
こよなう程、経侍りにけるを、思ひ給へ怠らずながら、慎ましき程は、更にお
ぼし知るらんやとてなむ
とまる身も消えしも同じ露の世に心置くらんほどぞ儚き
かつはおほし消ちてよかし。御覧せずもやとて、こ(たイ)れにも。
と聞こえ給へり。
里におはする程なりければ、忍び見給ひて、ほのめかし給へる気色を心の鬼に
しるく見給ひて、さればよとおぼすもいといみじ。なをいと限り無き身の憂さ
なりけり。かやうなる聞こえありて、院にもいかにおぼさん、故前坊の、同じ
き、御腹からといふ中にも、いみじう思ひ交はし聞こえさせ給ひて、この斎宮
の御事をも懇ろに聞こえつけさせ給ひしかば、その御代はりにも、やがて見奉
り扱かはんなど常に宣はせて、やがて内裏住みし給へと、度々聞こえさせ給
ひしをだに、いとあるまじき事と思ひ離れにしを、かく心より他に若々しき物
思ひをして、遂に浮き名をさへ流し果つべき事とおぼし乱るるに、なを例の樣
にもおはせず。さるは大方の世につけて、心憎くよしある聞こえ有りて、昔よ
り名高く物し給へば、野の宮の御移ろひの程にも、おかしう今めきたる事多く
しなして、殿上人共の好ましきなどは、朝夕の露分け歩くを、その頃の役にな
んするなど聞き給ても、大将の君は理りぞかし、故は飽くまでつき給へる物を、
もし世の中に飽き果てて、下り給ひたば、騒々しくもあるべきかなと、さすが
におほされけり。
御法事など過ぎぬれど、正日までなを隠りおはす。習はぬ御徒然を心苦しがり
給ひて、三位中将
和歌
源氏
とまる身も消えしも同じ露の世に心置くらんほどぞ儚き
意味:残された身も消えてしまった者も、同じ何れ消える露の世に、執着してしまうほどつまらないものではありませんか。
備考:消え、露、置くは縁語。