ひとりあつていきやうになりいかくとことにあふかせつにます/\おもふしんを
獨在異郷為異客毎逢佳節倍思親
はるかにしるけいていのほるたかきにところあまねくはさんてしゆをかくらんいちにんを
遙知兄弟登高處遍挿茱萸少一人
くくはつく
九月九
じつおもふさん
日憶山
ちうのけいていを
中兄弟
おうゆい
王維
たこくにいてつくりし詩なり。おういが十七さいのときのさくなり。おやきようたいともにこきやう
にいるにわれひとりたこくのいかくとなりたひすまひをする事じやかとおもひいたす。
九日にはさためてあいともにさけなとをのんているであろふがわれひとりきやうたいのない
でかけているゆへさぞとふしているやらとおもふてくれるであろふといふてこの方からいよ/\むかふ
をなもふがきこゆる親といふはおやきやうだい一けぢうのことをいふ。
九月九日山中の兄弟(けいてい)を憶ふ
王維
独り異郷に在って異客と為り、
佳節に逢ふ毎に倍(ますます)親(しん)を思ふ。
遥かに知る、兄弟高きに登る処、
遍く茱萸を挿すも一人(いちにん)を少(か)かん。
意訳
私は独り異郷に在って、親しい者もいない旅人となっており、
家族で祝うはずのめでたい節句が来る毎に、ますます家族を思ってしまう。
遙かに遠くにいるが、兄弟達が、楽しみながら高いところへ登っていく所を、知る事が出来る。
ただ、みんな真っ赤な実を付けたカワハジカミを身に付けているが、そこには一人、私だけが欠けている。
※九月九日 重陽の節句。この日に邪気を避ける為、山や塔など家族で高い処に登る習慣が有った。
※山中 山東となっている本も有る。
※佳節 めでたい節句。
※茱萸 カワハジカミ。重陽節ごろ,芳烈な赤い実が熟し,その一房を髪にさすと,邪気を避け,疫病や災難避けになるという。
横浜中華街 関帝廟道門
唐詩選畫本 七言絶句 巻三