新古今和歌集 西行撰歌一覧 95首
春歌上
題しらず 岩間とぢし氷も今朝は解けそめて苔のした水道もとむらむ
春歌とて 降りつみし高嶺のみ雪解けにけり瀧川の水のしらなみ
題しらず とめこかし梅さかりなるわが宿を疎きも人はおりにこそよれ
題しらず よし野山さくらが枝に雪降りて花おそげなる年にもあるかな
花歌とてよみ侍りける 吉野山去年のしをりの道かへてまだ見ぬかたの花を尋ねむ
春歌下
題しらず ながむとて花にもいたく馴れぬれば散る別れこそ悲しかりけれ
夏歌
題しらず 聞かずともここをせにせむほととぎす山田の原の杉のむらだち
題しらず 郭公ふかき峰より出でにけり外山のすそに聲の落ち來る
題しらず 道の邊に水流るる柳かげしばしとてこそ立ちとまりつれ
題しらず よられつる野もせの草のかげろひてすずしく曇る夕立の空
秋歌上
題しらず おしなべて物をおもはぬ人にさへ心をつくる秋のはつかぜ
題しらず あはれいかに草葉の露のこぼるらむ秋風立ちぬ宮城野の原
題しらず 心なき身にもあはれは知られけりしぎたつ澤の秋の夕ぐれ
秋歌とてよみ侍りける おぼつかな秋はいかなる故のあればすずろに物の悲しかるらむ
秋歌下
題しらず 小山田の庵ちかく鳴く鹿の音におどろかされて驚かすかな
題しらず きりぎりす夜寒に秋のなるままに弱るか聲の遠ざかり行く
題しらず 横雲の風にわかるるしののめに山飛びこゆる初雁の聲
題しらず 白雲をつばさにかけて行く雁の門田のおもの友したふなる
題しらず 松にはふ正木のかづら散りにけり外山の秋は風すさぶらむ
冬歌
題しらず 月を待つたかねの雲は晴れにけりこころあるべき初時雨かな
題しらず 秋篠やとやまの里やしぐるらむ生駒のたけに雲のかかれる
題しらず をぐら山ふもとの里に木の葉散れば梢に晴るる月を見るかな
題しらず 津の國の難波の春は夢なれや蘆のかれ葉に風わたるなり
題しらず 寂しさに堪へたる人のまたもあれな庵ならべむ冬の山里
歳暮に人に遣はしける おのづからいはぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに歳の暮れぬる
題しらず 昔おもふ庭にうき木を積み置きて見し世にも似ぬ年の暮かな
哀傷歌
陸奧へまかりけるに野中に目にたつ樣なる塚の侍りけるを問はせ侍りければこれ中將のつかと申すと答へければ中將とはいづれの人ぞと問ひ侍りければ實方朝臣のこととなむ申しけるに冬の事にて霜枯の薄ほのぼの見えわたりて折りふし物悲しう覺え侍れば
朽ちもせぬその名ばかりをとどめ置きて枯野の薄形見にぞ見る
無常の心を いつ歎きいつ思ふべきことなれば後の世知らで人の過ぐらむ
人におくれて歎きける人に遣はしける 亡き跡の面影をのみ身に添へてさこそは人の戀しかるらめ
歎く事侍りける人問はずと恨み侍りければ 哀とも心に思ふほどばかりいはれぬべくは問ひこそはせめ
離別歌
陸奧へ罷りける人に餞し侍りけるに 君いなば月待つとてもながめやらむ東のかたの夕暮の空
遠き所に修行せむとて出で立ち侍りけるに人々わかれをしみてよみ侍りける
たのめおかむ君も心やなぐさむと歸らむ事はいつとなくとも
遠き所に修行せむとて出で立ち侍りけるに人々わかれをしみてよみ侍りける
さりともとなほ逢ふことを頼むかな死出の山路を越えぬ別は
羇旅歌
題しらず 都にて月をあはれと思ひしは數にもあらぬすさびなりけり
題しらず 月見ばと契りおきてしふるさとの人もや今宵袖ぬらすらむ
天王寺へまうでけるに俄に雨の降りければ江口に宿を借りけるにかし侍らざりければよみ侍りける
世の中を厭ふまでこそ難からめかりのやどりを惜しむ君かな
東の方に罷りけるによみ侍りける 年たけてまた越ゆべしと思ひきやいのちなりけりさ夜のなか山
旅歌とて 思ひ置く人の心にしたはれて露わくる袖のかへりぬるかな
戀歌二
題しらず はるかなる岩のはざまに獨ゐて人目思はでものおもはばや
題しらず 數ならぬ心の咎になしはてて知らせでこそは身をも恨みめ
題しらず 何となくさすがにをしき命かなあり經ば人や思ひ知るとて
題しらず 思ひ知る人ありあけの世なりせばつきせず身をば恨みざらまし
戀歌三
題しらず 逢ふまでの命もがなと思ひしはくやしかりけるわが心かな
題しらず おもかげの忘らるまじきわかれかななごりを人の月にとどめて
題しらず 有明はおもひ出あれや横雲のただよはれつるしののめの空
題しらず 人は來で風のけしきもふけぬるにあはれに雁の音づれて行く
戀歌とてよめる たのめぬに君來やと待つ宵の間の更け行かでただ明けなましかば
題しらず あはれとて人の心のなさけあれな數ならぬにはよらぬ歎を
題しらず 身を知れば人の咎とも思はぬにうらみ顏にも濡るる袖かな
戀歌四
題しらず 月のみやうはの空なる形見にて思ひも出でばこころ通はむ
題しらず 隈もなき折りしも人を思ひ出でてこころと月をやつしつるかな
題しらず 物思ひて眺むる頃の月の色にいかばかりなるあはれ添ふらむ
題しらず 疎くなる人をなにとて恨むらむ知られず知らぬ折もありしを
題しらず 今ぞ知る思ひ出でよと契りしは忘れむとてのなさけなりけり
題しらず あはれとて問ふ人のなどなかるらむもの思ふ宿の荻の上風
雜歌上
題しらず 世の中を思へばなべて散る花のわが身をさてもいづちかもせむ
題しらず 月を見て心うかれしいにしへの秋にもさらにめぐり逢ひぬる
題しらず 夜もすがら月こそ袖にやどりけれむかしの秋をおもひ出づれば
題しらず 月の色に心をきよくそめましやみやこを出でぬわが身なりせば
題しらず 棄つとならば憂世を厭ふしるしあらむ我には曇れ秋の夜の月
題しらず ふけにけるわがみのかげをおもふまにはるかに月の傾きにける
題しらず 雲かかる遠山畑の秋さればおもひやるだに悲しきものを
雜歌中
伊勢に罷りける時よめる 鈴鹿山うき世をよそにふり捨てていかになりゆくわが身なるらむ
あづまの方へ修行し侍りけるに富士の山をよめる 風になびく富士の煙の空に消えて行方もしらぬわが思かな
題しらず 吉野山やがて出でじと思ふ身を花ちりなばと人や待つらむ
題しらず 山深くさこそ心は通ふとも住まであはれを知らむものかは
題しらず 山かげに住まぬ心はいかなれや惜しまれて入る月もある世に
題しらず たれ住みてあはれ知るらむ山里の雨降りすさむ夕暮の空
題しらず しをりせで猶山深く分け入らむ憂きこと聞かぬ所ありやと
題しらず 山里にうき世いとはむ友もがな悔しく過ぎしむかし語らむ
題しらず 山里は人來させじと思はねどとはるることぞ疎くなりゆく
題しらず 古畑のそばのたつ木にゐる鳩の友よぶ聲のすごきゆふぐれ
題しらず 山賤のかた岡かけてしむる野の境に立てる玉のをやなぎ
題しらず しげき野をいくひと村にわけなして更に昔を忍びかへさむ
題しらず むかし見し庭の小松に年ふりてあらしのおとを梢にぞ聞く
題しらず これや見し昔住みけむ跡ならむよもぎが露に月のかかれる
雜歌下
題しらず 數ならぬ身をも心のもちがほにうかれてはまた歸り來にけり
題しらず おろかなる心のひくにまかせてもさてさは如何につひの思は
題しらず 年月をいかでわが身に送りけむ昨日の人も今日はなき世に
題しらず うけがたき人の姿にうかび出でてこりずや誰もまた沈むべき
題しらず 何處にも住まれずは唯住まであらむ柴のいほりの暫しなる世に
題しらず 月のゆく山に心を送り入れてやみなる跡の身をいかにせむ
題しらず 待たれつる入相の鐘の音すなり明日もやあらば聞かむとすらむ
題しらず 世を厭ふ名をだにもさはとどめ置きて數ならぬ身の思出にせむ
題しらず 身の憂さを思ひ知らでややみなましそむく習のなき世なりせば
題しらず いかがすべき世にあらばやは世をも捨ててあなうの世やと更に思はむ
題しらず 何事にとまる心のありければ更にしもまた世の厭はしき
題しらず なさけありし昔のみ猶忍ばれて長らへまうき世にも經るかな
寂蓮法師人々勸めて百首歌よませ侍りけるに否び侍りて熊野に詣でける道にて夢に何事も衰へ行けど此の道こそ世の末に變らぬ物はあれ猶この歌よむべきよし別當湛快三位入道俊成に申すと見侍りて驚きながらこの歌を急ぎ詠み出して遣はしける奧に書きつけて侍りける
末の世もこの情のみ變らずと見し夢なくばよそに聞かまし
題しらず ねがはくは花のもとにて春死なむその如月の望月のころ
神祇歌
題しらず 宮柱したつ岩ねにしきたててつゆも曇らぬ日の御影かな
題しらず 神路山月さやかなる誓ありて天の下をば照らすなりけり
伊勢の月讀の社に參りて月をみてよめる さやかなる鷲の高嶺の雲井より影はやはらぐる月よみの森
釋歌
返し 立ち入らで雲間に分けし月影は待たぬけしきや空に見えけむ
勸心をよみ侍りける 闇晴れてこころのそらにすむ月は西の山邊や近くなるらむ