橋姫
下弦の月
大君
中君
薫宰相中将
女郎花
秋の末つ方、四季にあててしたまふ御念仏を、 この川面は、網代の波も、このころはいとど耳かしかましく静かならぬを、とて、かの阿闍梨の住む寺の堂に移ろひたまひて、七日のほど行ひたまふ。姫君たちは、いと心細く、つれづれまさりて眺めたまひけるころ、中将の君、 久しく参らぬかなと、思ひ出できこえたまひけるままに、有明の月の、まだ夜深くさし出づるほどに出で立ちて、いと忍びて、 御供に人などもなくて、やつれておはしけり。…
かく見えやしぬらむとは思しも寄らで、 うちとけたりつることどもを、聞きやしたまひつらむと、いといみじく恥づかし。あやしく、香うばしく匂ふ風の吹きつるを、思ひかけぬほどなれば、「驚かざりける心おそさよ」と、心も惑ひて、恥ぢおはさうず。御消息など伝ふる人も、 いとうひうひしき人なめるを、「折からにこそ、よろづのことも」と思いて、まだ霧の紛れなれば、ありつる御簾の前に歩み出でて、ついゐたまふ。山里びたる若人どもは、さしいらへむ言の葉もおぼえで、御茵さし出づるさまも、たどたどしげなり。
「この御簾の前には、 はしたなくはべりけり。うちつけに浅き心ばかりにては、かくも尋ね参るまじき山のかけ路に思うたまふるを、 さま異にこそ。かく 露けき度を重ねては、さりとも、御覧じ知るらむとなむ、頼もしうはべる」と、いとまめやかにのたまふ。…
峰の八重雲、思ひやる隔て多く 、あはれなるに、なほ、この姫君たちの御心のうちども心苦しう、「何ごとを思し残すらむ。かく、いと奥まりたまへるも、ことわりぞかし」などおぼゆ。
あさぼらけ家路も見えず尋ね来し槙の尾山は霧こめてけり
心細くもはべるかな」と、立ち返りやすらひたまへるさまを、 都の人の目馴れたるだに、なほ、いとことに思ひきこえたるを、まいて、いかがはめづらしう 見きこえざらむ。 御返り聞こえ伝へにくげに思ひたれば、例の、いとつつましげにて、
雲のゐる峰のかけ路を秋霧のいとど隔つるころにもあるかな」
参考
源氏物語絵 その2コレクション
2023-01-03 05:11:25
令和4年10月26日 陸點伍/弐枚