班女 四番目物 世阿弥
美濃国野上の宿の長は、遊女花子が東へ下る途中、吉田少将と契って以来、形見に取り交わした扇ばかり眺めて、閨より出ないので追放する。その秋野上の宿でこのことを知った少将は、都に着き、糺の森に参詣するとそこに物狂いとなった花子が登場し、漢の班婕の故事から班女と呼ばれていた。少将との再会を神に祈り、従者に身を任せ、扇に寄せてひたすら少将への恋心を語り舞う。花子と知って少将は、扇を取り交わすと正気となり、もとの契りを結ぶ。
前ジテ:花子 後ジテ:狂女 ツレ:吉田少将 ワキヅレ:従者 ワキ:都男 アイ:野上宿長
ワキ いかに狂女、何とて今日は狂はぬぞ、面白う狂ひ候へ
女 うたてやなあれ御覽ぜよ今までは、揺るがぬ梢と見えつれ共、風の誘へば一葉も散るなり、たま/\心直ぐなるを、狂へと仰ある人々こそ、風狂じたる秋の葉の、心も共に亂れ戀の、荒悲しや狂へとな仰ありさぶらひそよ
ワキ 扨例の班女の扇は候
女 うつつなや我名を班女と呼び給ふかや、よし/\それも憂き人の、形見の扇手に触れて、うち置き難き袖の露、ふる事までも思ひぞ出る、班女が閨の中には秋の扇の色、楚王の臺の上には夜るの琴の聲
同 夏果つる、扇と秋の白露と、何れか先に起き臥しの、床すさましや独り寝の、さびしき枕して、閨の月を眺めん。
※夏果つる、扇と秋の白露と、何れか先に起き臥しの
第三 夏歌 283
延喜御時月次屏風に 壬生忠岑
夏はつる扇と秋のしら露といづれかまづはおきまさるらむ