采女 三番目物 世阿弥
諸国一見の僧が春日の里の春日大社に参詣する。一人の里女が現れ社頭の生い茂る森に更に木を植えているので不思議に思い僧が尋ねると、藤原氏の氏神の春日明神の由来を語り、神木の植樹と述べ、藤の花が盛りの春の景色は霊鷲山の浄土の景色に劣らないと語る。やがて女は僧を猿沢の池に案内し、昔帝の心変わりを恨み池に身を投げた采女を帝が哀れみ歌を詠んだ事を語り、自分はその采女の霊だと告げて池に消える。
里男が僧の問いに答えて采女の事を語り弔いを勧める。
その夜読経する僧の前に采女の霊が昔の姿で現れ、弔いを喜び、昔葛城王が陸奥下向の折、宴を助けた采女の安積山の故事を語る。やがて天長地久を祝い、その舞は仏の功徳を賛美する因縁であると説き、池に消える。
前ジテ:里女 後ジテ:采女霊 ワキ:旅僧 ワキヅレ:同行僧 アイ:春日里男
女 宮路正しき春日野の、宮路正しき春日野の、寺にもいざや參らむ。更闌夜静にして、四所明神の寶前に、耿々たる燈も、世を背けたる影かとて、共に憐れむ深夜の月、朧々と杉の木の間を洩り來れば、神の御心にもしく物なくや思すらん。
シテ 月に散る、花の陰行く宮巡り。
シテ 運ぶ歩の數よりも、運ぶ歩の數よりも、積もる櫻の雪の庭、又色添へて紫の、花を垂れたる藤の門、明くるを春の氣色かな、明くるを春の氣色かな。
※朧々と
巻第一 春歌上 55 大江千里?
題しらず
照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき
後女 有難や妙なる法を得るなるも、心の水と聞ものを、騷がしくともあらば、浮かぶ心の猿澤の、池の蓮の臺に座せん、能々とぶらひ給へとよ。
ワキ 不思議やな池の汀に現れ給ふは、采女と聞つる人やらん
女 恥づかしながらいにしへの、采女が姿を顯すなり、佛果を得しめおはしませ
ワキ 本よりも人々同じ佛性也、なに疑ひも波の上
女 水の底なる鱗類や
ワキ 乃至草本國土まで
女 悉皆成佛
ワキ 疑ひなし。
同 増てや、人間にをひてをや、龍女が如く我もはや、變成男子なり、采女とな思ひ給ひそ、然も所は補陀落の、南の岸に到りたり、これぞ南方無垢世界、生れん事も頼もしや、生れん事頼もしや。
※補陀落の、南の岸に
巻第十九 神祇歌 1854
この歌は興福寺の南圓堂作り初め侍りける時春日のえのもとの明神よみ給へるとなむ 榎本明神
補陀落のみなみの岸に堂たてていまぞ榮えむ北のふぢなみ