一 西行法師 散位康清男佐藤也俗名
義清左兵衛尉。九十四首入。
一 岩まとぢし氷も今朝はとけ初て苔の下水道もとむらん
増抄云。春のきたりてのしるしにいわまをとぢ
はてたる氷もとけて水となりて、こほらぬさき
ながれし苔の下道もとむらんと也。こほり
はてたるがとけてうれしからんと思ひやり
てよめる作意也。苔といふ物は岩につきて生る
物なればかくとりあはせたり。或説に氷もの
もの字心あるべしとぞ。人も冬はとぢこもりて
ありしが、けふ春くるときくより、何方へかいで
ゆかんなどゝ心いでくるにつきて、さだめて
水もながるゝが本意なるに、冬はながれえず
してとぢてありしが、今朝はとけそめて
ながれんことを求むらんとおもひやりたる
こころなり。
頭注
○岩 物理論云。
土精為岩石之
氣の核也。氣之
生石猶人筋絡
之生瓜牙。
○氷 説文云。氷水
堅也。
韓詩云。説氷者
窮岩陰氣ノ所
聚不流則結曲
為伏陰。
○苔 納雅釈草
云。潭石衣注水
苔也。
※物理論 未詳
※説文 説文解字
※韓詩 漢代に伝えられた詩経の一つで、外伝のみ伝承。
※納雅釈草 納雅は爾雅の誤字。