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Channel: 新古今和歌集の部屋
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謡曲 杜若

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杜若                        三番目物 金春禅竹

伊勢物語東下りより。諸国一見の僧が、三河で杜若に見とれていると里の女が現れ、ここが杜若の名所八橋と語り自分の庵に案内すると、女は輝くばかりの装束と冠を着て現れ、装束が唐衣で高子の御衣で、冠は業平のものと告げる。僧の問に答えて自分は杜若の精と明かし、業平は衆生済度のためにこの世に現れた歌舞の菩薩で、その歌はみな仏法の妙文であるから詠まれた草木まで成仏できると述べる。ついでに伊勢物語の女性遍歴を語り舞い、業平が陰陽の神であること、自分も草木成仏の御法を得たと告げ消える。

シテ:杜若の精 ワキ:旅の僧

女 抑この物語は、如何なる人の何事によつて
同 思ひの露の信夫山、忍びて通ふ道芝の、初めもなく終りもなし。
女 昔男初冠して奈良の京、春日の里にしるよしして狩に往にけり
同 仁明天皇の御宇かとよ、いとも畏き勅を受けて、大内山の春霞、立つや彌生の初めつ方、春日の祭りの勅使として透額の冠を許さる
女 君の惠みの深きゆへ
同 殿上にての元服の事、当時其例稀なる故に、初冠とは申とかや。
同 然共世中の、一たびは栄へ、一度は、衰ふる理りの、誠なりける身の行ゑ、住み所求むとて、東の方に行雲の、伊勢や尾張の、海面に立つ浪を見て、いとどしく、過にし方の戀しきに、うらやましくも歸る波かなと、うち詠め行けば信濃なる、淺間の嶽なれや、くゆる煙の夕景色
女 扨こそ信濃なる、淺間の嶽に立つ煙
同 遠近人の、身やは咎めぬと口ずさみ、猶はる/\の旅衣、三河國に着しかば、爰ぞ名のある八橋の、澤邊に匂ふ杜若、花紫のゆかりなれば、妻しあるやと、思ひぞ出る都人、然るに此物語、其品多き事ながら、取わき比八橋や、三河の水の底ゐなく、契りし人々の數々に、名を變へ品を變へて、人待つ女、物病み玉簾の、光も亂れて飛ぶ螢の、雲の上まで往ぬべくは、秋風吹くと、假に顯れ、衆生済度の我ぞとは、知るや否や世の人の女 暗きに行かぬ有明の
同 光普き月やあらぬ、春や昔の春ならぬ、我身ひとつは、もとの身にして、本覺真如の身を分け、陰陽の神と言はれしも、ただ業平の事ぞかし、か樣の申物語、疑はせ給ふな旅人、はる/\來ぬる唐衣、着つつや舞を奏づらん。


※昔男初冠して奈良の京、春日の里にしるよしして狩に往にけり

伊勢物語 一段 初冠

むかしをとこ、うゐかぶりして、ならの京、かすがの里に知るよしゝて、狩にいにけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。このをとこ、かいまみてけり。おもほへず、古里にいとはしたなくてありければ、心地まどひにけり。

をとこの著たりけるかりぎぬの裾を切りて、歌を書きてやる。そのをとこ、しのぶずりのかりぎぬをなむ著たりける。 

かすが野の若紫のすりごろもしのぶのみだれ限り知られず 

となむ、をいつきていひやりける。ついでおもしろきことともや思ひけむ。 

みちのくの忍もぢずり誰ゆゑにみだれそめにし我ならなくに 

といふ歌の心ばへなり。昔人は、かくいちはやきみやびをなむしける。

 

※八橋の、澤邊に匂ふ杜若、花紫のゆかりなれば、妻しあるやと、思ひぞ出る都人

伊勢物語 八段 東下り

むかし、をとこありけり。
 
 そのをとこ、身をえうなき物に思ひなして、京にはあらじ、あづまの方に住むべき國求めにとて行きけり。

 もとより友とする人ひとりふたりしていきけり。道知れる人もなくて、まどひいきけり。 

 三河の國、やつはしといふ所にいたりぬ。そこをやつはしといひけるは、水ゆく河のくもでなれば、橋を八つわたせるによりてなむやつはしといひける。その澤のほとりの木の蔭にて下りゐて、かれいひ食ひけり。

 その澤にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、かきつばたといふいつもじを句の上にすゑて、旅の心よめとい

ひければ、よめる。 

から衣きつゝなれにしつましあればはる/\きぬる旅をしぞ思ふ 

とよめりければ、みな人、かれいひのうへに涙おとしてほとびにけり。 

行き/\て、駿河の國にいたりぬ。宇津の山にいたりて、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、つたかへでは茂り、もの心ぼそく、

すゞろなるめを見ることと思ふに、す行者あひたり。かゝる道はいかでかいまするといふを見れば、見し人なりけり。京に、その人の御もとにとて、ふみ書きてつく。 

駿河なる宇津の山べのうつゝにも夢にも人にあはぬなりけり 

富士の山を見れば、さつきのつごもりに、雪いと白う降れり。 

時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむその山は、こゝにたとへれば、ひえの山をはたちばかり重ねあげたらむ

ほどして、なりは鹽尻のやうになむありける。 

 なほ行き/\て、武蔵の國と下つ總の國との中に、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。その河のほとりにむれゐて思ひやれば、限りなく遠くも來にけるかなとわびあへるに、渡守、はや舟に乗れ、日も暮れぬといふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。さる折りしも、白き鳥のはしと脚と赤き、鴫の大きさなる、水のうへに遊びつゝ魚をくふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡守に問ひければ、これなむ宮こ鳥といふをきゝて、 

名にし負はばいざこととはむ宮こ鳥わが思ふ人はありやなしやと 

とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。

※信濃なる、淺間の嶽に立つ煙遠近人の、身やは咎めぬ

巻第十 羇旅歌 903 在原業平朝臣 
題しらず
伊勢物語 九段

むかし、をとこありけり。

京や住み憂かりけむ、あづまの方に行きて住み所もとむとて、友とする人ひとりふたりして行きけり。 

信濃の國、淺間の嶽にけぶりの立つを見て、
 
信濃なる淺間の嶽にたつ煙をちこちの人の見やはとがめむ


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