たに川の氷もはやとけて聲たて侍れば鶯
もさそへと春風にいひかけたるうたなり。
増抄云。波聲といふより、うぐひすの聲をき
けよと、とりあわせたる哥なり。うち出るとは、
鶯も谷より出るものなれば、よせある詞なり。
かやうに相應したる故に、おなじことにて有程
にうぐひすもいでん程にさそへとなり。
一 和哥所にて関路鴬といふ事を 大上天皇
わか所とは、清涼殿のひさしにありとなり。
大哥所といふとは各別なり。
一 鴬のなけどもいまだふる雪に杦葉しろきあふさかの山
増抄云。うぐひすも杦も逢坂にあるもの
なれば、とりあわせてよめり。鴬の鳴といひて
春といふ事をしらせたり。冬は勿論しろかるべき
事成が、春白妙なるに、うぐひ・の聲にて春
めきてめづらしきとなり。古今集に、梅がえに
にゐる鴬春かけてなけどもいまだ雪はふりつゝ
白き青きといふ詞、定家卿いましめられ
たり。詞のあしきにはあらず。よき詞にて、人
毎によむゆへなりとなり。
頭注
大哥所とは別に所
あり。大嘗會の
哥を習ふ所也。
青白きの事 井蛙
抄にあるべし。
※うぐひ・の聲 すの欠字
※古今集に
古今集巻第一 春歌上
題知らず よみ人知らず
梅が枝にきゐるうぐひす春かけて鳴けども今だ雪は降りつつ
※白き青き 八雲御抄 第六部用意部 第三詞のいりほが
定家云。しろきあをき吹嵐かな。嵐吹く也。にてのみ侍といふとも詞のわらきにはあらじ。あまりに人ごとにこのむをにくむなり也。
※井蛙抄(せいあしょう) 頓阿が著した歌論書。写本によっては『水蛙眼目』とも呼ばれる。二条家において最も重視されたものの一つ。1360年〜1364年頃に成立。
井蛙抄巻第三 「代々宗匠不庶幾之由被申たる詞」に、八雲御抄を引用した部分があり、それを加藤 磐斎は記載しているのであろう。