こゝにうぐひすのなく。むかしはかやうに少かへても
よめり。鴬と春風とをかへたるばかり也。定家卿
詠哥大概さだめられしよりは、こゝろある
べき事にや。春風が木の花はみな吹ちらし
て、あかぬあまりに、袖が匂へば、花があるかと
おもひて、ちらさんとおもひてふくが、これ
は匂ひばかりにてあるぞとなり。匂ひばかり
をといふにて、袖に留る心をあらはしたり。
一 題しらず 八條院ノ髙倉 法印隆憲女
七首入り
八條」院の御うちの女房なり高倉は女の名也。
一 ひとりのみながめてちりぬ梅の花しるばかり成人はとひこで
増抄云。此哥よくおもへば大かたの人はとひくれ
どもいろをも香をともにしる人はとひこねば、ひとい
りながめてちりぬと也。さてもおしきことかな
と、心をあましたる花也。しるばかり成とは、
古
君ならで誰にかみせん梅花色をもかをも
しる人ぞしる
この哥の心をふまへてよめる成べし。
頭注
のみといふは治定
したる詞也。
ぬ字をはんぬ也。
又説我かしる人は
とひこずとも花
をしるばかり成人
はとひこでとの
義も有べし。
花をたづぬる人
さへなかりしと也。
※君ならで~
古今集春歌上
むめの花ををりて人におくりける
紀友則
君ならで誰にか見せむ梅花色をも香をも知る人ぞしる