桜ちる
このした
風は
寒からで
そらにしられぬ
雪ぞ
ふり
ける
紀貫之866~945?)土佐守の時土佐日記を著す。古今和歌集の撰者。古今の秀歌の新撰和歌集も撰んだ。 三十三首
春歌上 延喜御時の屏風に 行きて見ぬ人も忍べと春の野のかたみにつめる若菜なりけり よみ:ゆきてみぬひともしのべとはるのののかたみにつめるわかななりけり 亭子院の歌合歌 わが心春の山邊にあくがれてながながし日を今日も暮らしつ よみ:わがこころはるのやまべにあくがれてながながしひをきょうもくらしつ 春歌下 題しらず わが宿の物なりながら櫻花散るをばえこそとどめざりけれ よみ:わがやどのものなりながらさくらばなちるをばえこそとどめざりけれ 題しらず 花の香にころもはふかくなりにけり木の下かげの風のまにまに よみ:はなのかにころもはふかくなりにけりこのしたかげのかぜのまにまに清愼公家の屏風に 暮れぬとは思ふものから藤の花咲けるやどには春ぞひさしき よみ:くれぬとはおもうものからふじのはなさけるやどにははるぞひさしき 藤の松にかかれるをよめる みどりなる松にかかれる藤なれどおのが頃とぞ花は咲きける よみ:みどりなるまつにかかれるふじなれどおのがころとぞはなはさきける 夏歌 延喜御時月次屏風に みそぎする河の瀬見れば唐衣ひもゆふぐれに波ぞたちける みそぎするかわのせみればからころもひもゆうぐれになみぞたちける 秋歌上 延喜御時月次屏風に 大空をわれもながめて彦星の妻待つ夜さへひとりかも寝む よみ:おおぞらをわれもながめてひこぼしのつままつよさえひとりかもねむ 中納言兼輔家屏風に たなばたは今やわかるるあまの河かは霧立ちて千鳥鳴くなり よみ:たなばたはいまやわかるるあまのがわかわぎりたちてちどりなくなり 題しらず 山がつの垣ほに咲ける朝顏はしののめならで逢ふよしもなし よみ:やまがつのかきほにさけるあさがおはしののめならであうよしもなし 秋歌下 題しらず 刈りてほす山田の稻は袖ひぢて植ゑしさ苗と見えずもあるかな よみ:かりてほすやまだのいねはそでひじてうえしさなえとみえずもあるかな 中納言兼輔家屏風歌 雁なきて吹く風さむみ唐衣君待ちがてにうたぬ夜ぞなき よみ:かりなきてふくかぜさむみからころもきみまちがてにうたぬよぞなき 冬歌 延喜御時歌奉れと仰せられければ 雪のみやふりぬとは思ふ山里にわれも多くの年ぞつもれる よみ:ゆきのみやふりぬとはおもうやまざとにわれもおおくのとしぞつもれる 賀歌 題しらず 君が世の年のかずをばしろたへの濱の眞砂とたれかしきけむ よみ:きみがよのとしのかずをばしろたえのはまのまさごとたれかしきけむ 亭子院の六十御屏風に若菜摘める所をよみける 若菜生ふる野邊といふ野邊を君がため萬代しめて摘まむとぞ思ふ よみ:わかなおうるのべというのべをきみがためよろずよしめてつまむとぞおもう 延喜御時屏風歌 木綿だすき千年をかけてあしびきの山藍の色はかはらざりけり よみ:ゆうだすきちとせをかけてあしびきのやまあいのいろはかわらざりけり 延喜御時屏風歌 年ごとに生ひそふ竹のよよを經てかはらぬ色を誰とかは見む よみ:としごとにおいそうたけのよよをへてかわらぬいろをたれとかはみむ 延喜御時屏風歌 祈りつつなほなが月の菊の花いづれの秋か植ゑて見ざらむ よみ:いのりつつなおながつきのきくのはないずれのあきかうえてみざらむ 離別歌 陸奧に下り侍りける人に装束贈るとてよみ侍りける 玉鉾の道のやまかぜ寒からば形見がてらに著なむとぞおもふ よみ:たまほこのみちのやまかぜさむからばかたみがてらにきなむとぞおもう 陸奧に下り侍りける人に 見てだにも飽かぬこころを玉鉾のみちの奧まで人の行くらむ よみ:みてだにもあかぬこころをたまほこのみちのおくまでひとのゆくらむ 羇旅歌 延喜御時屏風歌 くさまくらゆふ風寒くなりにけり衣うつなる宿やからまし よみ:くさまくらゆうかぜさむくなりにけりころもうつなるやどやからまし 題しらず 白雲のたなびき渡るあしびきの山のかけはし今日や越えまし よみ:しらくものたなびきわたるあしびきのやまのかけはしきょうやこえまし 戀歌一 題しらず しるしなき煙を雲にまがへつつ世を經て富士の燃えなむ よみ:しるしなきけむりをくもにまがえつつよをへてふじのやまともえなむ
戀歌一 題しらず 風吹けばとはに波こす磯なれやわがころも手の乾く時なき よみ:かぜふけばとわになみこすいそなれやわがころもでのかわくときなき 題しらず あしびきの山下たぎつ岩浪のこころくだけて人ぞこひしき よみ:あしびきのやましたたたぎついわなみのこころくだけてひとぞこいしき 題しらず あしびきの山下しげき夏草のふかくも君をおもふころかな よみ:あしびきのやましたしげきなつくさのふかくもきみをおもうころかな 戀歌三 題しらず かけて思ふ人もなけれど夕されば面影絶えぬ玉かづらかな よみ:かけておもうひともなけれどゆうさればおもかげたえぬたまかずらかな 雜歌中 題しらず 難波女の衣ほすとて刈りてたく葦火の煙立たぬ日ぞなき よみ:なにわめのころもほすとてかりてたくあしびのけむりたたぬひぞなき
人のもとに罷りてこれかれ松の蔭におり居て遊び侍りけるに 蔭にとて立ちかくるればからころも濡れぬ雨ふる松の聲かな よみ:かげにとてたちかくるればからころもぬれぬあめふるまつのこえかな 神祇歌 神樂をよみ侍りける 置く霜に色もかはらぬ榊葉の香をやは人のとめて來つらむ よみ:おくしもにいろもかわらぬさかきばのかをやはひとのとめてきつらむ 臨時の祭をよめる 宮入の摺れるころもにゆふだすきかけて心を誰によすらむ よみ:みやいりのすれるころもにゆうだすきかけてこころをだれによすらむ 延喜御時屏風に夏神樂のこころをよみ侍りける 河社しのにをりはへほす衣いかにほせばか七日ひざらむ よみ:かわやしろしのにおりはえほすころもいかにほせばかなのかひざらむ 切出歌 雜歌中 題しらず 幾代へし磯邊の松ぞ昔より立ちよる波や數はしるらむ よみ:いくよへしいそべのまつぞむかしよりたちよるなみやかずはしるらむ