羈中ノ夕 長明
枕とていづれの草にちぎるらむゆくをかぎりの野べの夕暮
三の句、ちぎらましとしぞいふべけれ。らむにては、ふる郷人
などの、旅なる人のうへを、思ひやりてよめるやうにて、かな
ひがたし。 四の句も、√ゆきどまるをぞやどとさだむる。といへる
意とは聞ゆれども、行くをかぎりとのみにては、
ことたらず。
東のかたへまかりける道にてよみ侍ける
民部卿成範
道のべの草の青葉に駒とめて猶ふるさとをかへり見る哉
めでたし。二三の句詞めでたし。 此人は、信西が子
なりければ、平治おみだれに、老たる母いときなき子を
とゞめおきて、東の国に流されて、くだらるゝ時の哥也。
後拾遺に増基法師が、√都のみ歸りみられて東路を
駒のこゝろにまかせてぞゆくとよめるは、駒のあへし
らへなきを、これは草の青葉にといへるなど、めで
たし。
旅のうた 秀能
さらぬだに秋の旅ねはかなしきに松に吹なり床の山風
四の句、山風の松にふくにつきて、故郷人の我をまつ
らむと、おもひやらるゝ意なるべし。
摂政ノ家ノ哥合に秋ノ旅 定家朝臣
忘れなむまつとなつげそ中/\にいなばの山の峯の秋風
本歌√立わかれいなばの山の云々。 初句は、故郷のことを
おもへばくるしきほどに、いかでわすればやとおもふなり。
然るを故郷人の待ときかば、わすれがたかるべきほどに、
中々にさな告そとなり。 中々には、なまじひになり。
二の句の上へうつして心得べし。故郷人のまつといふ
たよりは、うれしかるべきことなれども忘れんと思ふには、
妨となれば、なまじひにまつとな告そと也。此哥、秋ノ
旅といふ題なるに、秋風といへるのみにて、秋の意なしいかゞ。
百首ノ哥奉りし時旅の哥 家隆朝臣
契らねど一夜は過ぬ清見がた波にわかるゝあかつきの雲
清見がたに旅ねして、暁に立わかるゝ時に、浪のうへに
雲もわかるゝを見て、思へるやう、あの雲と契りはせざり
しかど、一夜は此浦に諸共にあかしぬることよとなり。
但し二の句、一夜はもろともにあかしぬといふことを、過ぬ7といへるは、たしかならず。されど、ちぎらねどゝいへる
にて、然聞えたり。
千五百番ノ歌合に
故郷にたのめしひとも末の松まつらむ袖に波やこすらん
めでたし。 下句は、我をまちわびて、袖に涙
のながるらむといふ意なり。 結句、心やかはりぬらん
といふやうに聞ゆれども、其意はあらず。末の松とおける
は、待らむと詞をかさねて、浪こすといはむ料のみに
て、波こすは、たゞ涙のながるゝをいふなり。浮舟巻に、√浪こゆる
ころともしらで末の松まつらんとのみ思ひける哉。
三四の句は、此哥によれゝど、意はことなり。 二の句、人も
といへるも°もじにて、我涙を流すことしられたり。
※√ゆきどまるをぞやどとさだむる
古今集雑歌下
題しらず よみ人しらず
世中はいづれかさしてわかならむ行きどまるをぞ宿やと定むる
※後拾遺に増基法師が、√都のみ歸りみられて~
後拾遺集羈旅歌
増基法師
都のみかへりみられて東路を駒のこころにまかせてぞゆく
※√立わかれいなばの山の
古今集離別歌
題しらず
行平
立ちわかれいなはの山の峰におふる松としきかは今かへりこむ
※浮舟巻に、√浪こゆるころともしらで~
源氏物語浮舟
薫大将
波越ゆる比とも知らず末の松待つらむものと思ひけるかな