入道前ノ関白ノ家ノ百首ノ歌に旅のこゝろを
俊成卿
難波人あし火たく屋に宿かりてすゞろに袖のしほたるゝ哉
めでたし。 あし火たくやに、すゝといふことをよ
むは、万葉十一に√なには人あし火たく屋のすしたれど
云々、とあるによれり。すしたるは、煤びたることなり。
こゝの歌は、その煤を、すゞろにといひかけたり。
ふるき抄に、すゝは芦の縁語也といへるは心得ず。
述懐百首ノ哥に旅
世中はうきふししげししの原や旅にしあれば妹夢にみゆ
こは旅のうきに、又妹が夢に見えて、さま/"\うきふし
のしげきといふ意なるべけれど四の句のやう、其意に
かなひがたくや。されど右の意にあらでは、二の句のしげ
しといふこと聞えず。
天王寺にまゐり侍ける時にはかに雨のふりけれ
ば江口に宿をかりけるをかし侍らざりければ
よみ侍りける 西行
世中をいとふまでこそかたからめかりのやどりををしむ君哉
めでたし。 四の句は、旅の宿に、此世をかりの
やどりといふをかねたり。
かへし 遊女妙
世をいとふ人としきけばかりの宿に心とむなと思ふばかりぞ
めでたし。 宿かしまゐらせざるは、たゞしか/"\と
思ふのみにこそあれ。をしむには侍らずと也。
和哥所にてをのこども旅の哥つかうまつり
けるに 定家朝臣
袖にふけさぞな旅ねの夢もみじ思ふかたよりかよふ浦風
めでたし。 さぞなとは、夢もえ見ざらんことを、かねて
おしはかりていふなり。さて夢の、見えんにこそ、風をも
いとふけれ。とても夢は見ゆまじければ、思ふかたより
吹來る風なれば、我袖にふけとなり。 浦といへる、縁な
きがごとし。山にても野にても同じ事なれば也。但し
須广ノ巻に√戀わびてなくねにまがふ浦なみは思ふかた
より風やふくらむ。とあるにより玉へるなるべし。
※なには人あしひたく屋の~2651
万葉集巻第十一 寄物陳思
よみ人知らず
難波人葦火燎屋之酢<四>手雖有己妻許増常目頬次吉
難波人葦火焚く屋の煤してあれどおのが妻こそ常めづらしき
※ふるき抄に、すゝは~ 不詳。ただし九代集抄には、「あしは、すゝの類なり」とある。
※須广ノ巻に√戀わびて~源氏物語須磨帖
源氏
戀詫びて泣く音に紛ふ浦波は思ふ方より風や吹くらむ
大阪 江口付近淀川と江口の君堂
神戸市須磨