家隆朝臣
旅ねする夢路はゆるせうつの山関とはきかずもる人もなし
下句、ことさらにいへるなれど、同じやうの意かさなりて、わ
づらはし。関にあらずは、もる人のなきこと、いふにや及ぶ
詩を歌に合せ侍りけるに山路秋行といふこゝろを
定家朝臣
都にも今や衣をうつの山ゆふ霜はらふつたの下道
めでたし。詞めでたし。 霜ふりて寒き山路の
夕暮に、故郷の夜寒をも思ひやりて、今や衣うつらんと
なり。 霜をはらふとて、手して衣をたゝくさま
と、衣うつさまと、似たるにつきて、思ひやれる意も、あまり
のにほひにて、おもしろし。 うつの山につたの下道を
よむは、伊勢物語の詞によれり。
長明
袖にしも月かゝれとは契りおかず涙はしるやうつの山ごえ
下句詞めでたし。 月をかゝれとは、涙の縁をもていへる
にて、かくあれといふをかねたり。 四の句は、月影の袖にか
かる故を、我はしらず、涙はしれりやと、問かけたる也。 さて
此歌、月の縁の詞なし。うつの山の縁もなし。
慈圓大僧正
立田山秋ゆく人の袖を見よ木々の梢はしぐれざりけり
秋ゆく人は、秋の比こえゆく人なり。 袖を見よとは、袖
の色の深きを見よといへるにて、例の紅の涙也。 下句は、
この袖の色にくらぶれば、木々の梢のもみぢしたる色は、いと
淺かりけりといふことを、しぐれざりけりといへる也。立田山と
いへるにて、下句は紅葉したることをしらせたり。 又袖を見
よを、たゞ涙のおつることの甚しきよしとして、それにくら
ぶれば、時雨は物のかずならず、といふ意ともすべし。さやうに見
る時は、木々の梢といへるは、かろくして、たゞ時雨のあへしらひ
のみなり。猶前の意なるべし。
東の方へまかりける時 西行
年たけて又こゆべしと思ひきやいのちなりけり佐夜の中山
古今に、√年毎に花のさかりはありなめどあひ見む
ことは命なりけり。
旅のうた
おもひおく人の心にしたはれて露分る袖のかへりぬる哉
思ひおく人とは、故郷人をいふ。の°はが°の意なり。 心は
我心也。 袖のかへるとは、色のかはるをいひて、故郷に
かへるといふ縁なり。 野べ草葉などなくて、露わくる
といふこと、よせなく聞ゆ。
(了)
※伊勢物語の詞
伊勢物語九段
するがの国にいたりぬ。うつの山にいたりて、わがいらんとする道はいとくらふほそきにつたかえではしげり、物心ぼそく、すゞろなるめを見る事とおもふに、すぎやうじやあひたり。かゝるみちへ、いかでかいまするといふをみれば、見し人成けり。京に其人の御もとにとて、ふみかきてつく
新古今
するがなるうつの山べのうつゝにもゆめにも人にあはぬなりけり
宇津の山路
※古今に√年毎に
古今集 春歌下
題しらず よみ人知らず
春ごとに花のさかりはありなめどあひ見む事はいのちなりけり
小夜の中山