まよふとは、似たると云ふ心有。いかんとなれば、かりのかへる
時分に、霜のおきたるやうにはげしき秋天
の事也。或説にはかへる翅とあるに、對すれば、
翅に霜置てまよひこしといふ心をかと也。
此哥は、かりのうへとばかりみるべから。世界の
物うき事をいへり。人間ばかりにてもなく
鳥類までもかゝる事よと観じたる義也。
一 閑中春雨といふことを 大僧正行慶
白河院ノ御子。母ハ摂津守忠政子。又云參木基
平ノ女。母ハ良頼卿女。
一 つく/"\と春のながめのさびしきはしのぶにつたふ軒の玉水
古抄云。閑中春雨といふ事ををよめる哥也。
春のながめとは、春の霖雨也。物をながむる心を
そへてよめる哥なり。軒にしのぶのある躰
にて、閑中の心をあらはしたる哥なり。
増抄云。上句にとひかけて、下句にてこたへたる
哥也。つく/"\とは、なにもせずして、空をながめ
ヰたる躰也。程をふる終日の義あり。しのぶ
と云は、家もふrくなりて、軒に草の生て有躰
なり。閑中の義を顕したり。玉みづとは、軒
のしづくのとく/\とおつる躰也。しづか成由也。
頭注 ○閑中とあるに中 字は虚字とて よまず。野分の 分字、海邊の邊 字のたぐひなり。 ※大僧正行慶(ぎょうけい1101~1165)白河院の皇子。大僧正、天王寺別当、園城寺長吏で桜井僧正、狛僧正と呼ばれる。 ※古抄 幽斎増補注。