藤袴 并八 孟以詞并哥為巻之各。但詞にはらにとかけり。ラン
なれども必はぬる字をばにと書なり。哥 河√おなじ野の露にやつ
るゝふぢ袴哀はかけよかごとばかりも。細 源三十七 八月九月の
事あり。物がたりには三月より五ヶ月の事はみえず。花 堅の并也
云々。愚按彼一説の義によらば源氏卅六歳なるべし。
玉鬘の出仕前 1~2頁尚侍の御宮仕への事を、誰も誰もそそのかし給ふもいかならん。
親と思ひ聞こゆる人の御心だに、うちとくまじき世なりければ、
ましてさやうの交じらひに付けて、心より外に、便なき事もあら
ば、中宮も女御も、方々につけて、心をき給はば、はしたなから
んに、我身は、かく儚き樣にて、いづかたにも深く思ひ留められ
奉る程も無く、浅き覚えにて、ただならず思ひ言ひ、いかで人笑
へなる樣に見聞なさんと、うけひ給ふ人々も多く、とかくに付け
て、やすからぬ事のみ有りぬべきを、物おぼし知るまじき程にし
あらねば、樣々におもほし乱れ、人知れず物歎かし。さりとて係
る有樣も、悪しき事はなけれど、この大臣の御心ばへの、難しく
心付きなさも、いかなるついでにかは、もて離れて、人の推し量
るべかめる筋を心清清くも有り果つべき。真の父大臣、此殿のお
ぼさん所を憚り給ひて、うけばりて取り放ち、げざやぎ給ふべき
事にもあらねば、猶とてもかくて見苦しう、懸々しき有樣にて、
心を悩まし、人にもて騒がるべきみなめり
と、中々この親訪ね聞え給ひて後は、ことに憚り給ふ気色も無き、
大臣の君の御もてなしを取り加へつつ、人知れずなん歎かしけり
ける。思ふ事を、まほならずともかたはらにても、うちすめつべ
き女親もおはせず、何方も何方もいと恥づかしげに、いと麗しき
御樣共には、何事をかは、さなんかくなんとも聞こえわき給はん。
世の人に似ぬ身の有樣をうち眺めつつ、夕暮の空の哀げなる景色
を、端近くて見出し給へる樣いとおかし。
薄き鈍色の御衣、懐かしき程にやつれて、例に変はりたる色あひ
にしも、容貌はいと花やかにもてはやされておはするを、御前な
る人々は、うち笑みて見奉るに、宰相の中将、同じ色の今少し細
やかなる直衣姿にて、纓巻給へるしも、またいとなまめかしく清
らにておはしたり。初めより、物まめやかに心寄せ聞こえ給へば、
もて離れて、疎々しき樣にはもてなし給はざりしならひに、今、
あらざりけりとて、こよなく変はらんもうたてあれば、なを御簾
に几帳添へたる御対面は、
人伝てならで有けり。殿の御消息にて、内より仰せ言ある樣、や
がてこの君のかけ給はり給へるなりけり。御返り、おほどかなる
ものから、いとめやすく、聞こえなし給ふ気配のらうらうじく懐
かしきに付けても、彼の野分のあしたの御朝顔は、心にかかりて
戀しきを、うたてある筋に思ひしを、聞きあきらめて後には、程
もあらぬ心地添ひて、この宮仕へを、大方にしも覚し放たじかし。
さばかり見所ある御あはひ共にて、おかしき樣なる事の、煩しき
はた、必ず出きなんかしと思ふに、ただならず胸ふたがる心地す
れと、つれなくすくよかにて、人に聞かすまじと侍る事を、聞え
させんに、いかが侍るべきと気色だてば、近く侍ふ人も少し退き
つつ、御几帳の後ろなどにそばみあへり。そら消息をつきづきし
うとり続けて、細やかに聞え給ふ。上の御気色のただならぬ筋を、
さる御心し給へなどやうの筋なり。いらへ給はん事もなく、うち
歎き給へるほど、忍
夕霧のナンパ失敗2 7~8頁びやかに美しういと懐かしきに、猶え忍ぶまじく、
「御服も、この月には脱がせ給ふべきを、日ついでなんよろしから
ざりける。十三日に、河原へ出でさせ給べきよしの給はせつ。某も
御供に侍ふべくなん思し給ふる」と聞こえ給へば、
「類給はんもことごとしきやうにや侍らん。忍びやかにてこそよく
侍らめ」と宣ふ。この御服などの詳しき樣を、人に周く知らせじと、
おもむけ給へる氣色、いと労あり。中将、
「漏らさじと、つつませ給らんこそ心憂けれ。忍び難く思ひ給へら
るる形見なれば、脱ぎ捨て侍らんことも、いと物憂く侍るものを、
さてもあやしうもて離れぬ事の、又心得難きにこそ侍れ。この御あ
らはし衣の色無くは、えこそ思ひ給へ分くまじかりけれ」と宣へば、
「何事も思ひ分かぬ心には、ましてともかくも思ふ給へ辿られ侍ら
ねど、かかる色こそあやしく物哀なるわざに侍りけれ」とて、例よ
りも湿りたる御氣色、いとあるたげにおかし。かかる次いでにとや
思ひよりけん、蘭(らに)の花のいと
面白きをも給へりけるを御簾の端(つま)より差し入れて、
「これも御覧ずべき故は有けり」とて、とみにも許さで給へれば、
うつたへに思ひも寄らで取り給ふ、御袖を引き動かしたり。
同じ野の露にやつるる藤袴あはれはかけよかごとばかりも
√道の果てなるとかや。いと心づきなくうたて成りぬれど、見知ら
ぬ樣に、やをら引き入りて、
尋ぬるに遙けき野辺の露ならば薄紫やかごとならまし
「かやうに聞こゆるより、深きゆへは如何」と宣へば、少し打笑ひ
て、
「浅きも深きもおぼし分く方は侍りなんと思ふ給ふる。まめやかに
はいと
かたじけなき筋を思ひ知りながら、え鎮め侍らぬ心の中をいかでか
しろしめさるべき。中々覚し疎まんが侘びしさに、いみじく籠め侍
を√今はた同じと思ひ給へ侘てなん。頭中将の気色は、御覧じ知り
きや。人の上になど思ひ侍けん。身にてこそ、いとおこがましく、
かつは思ひ給へ知ら(れ)けれ。中々彼の君は、思ひさまして、遂
に、御辺り離るまじき頼みに、思ひ慰めたる気色など見侍るも、い
とうらやましくねたきに、哀とだに覚しをけよ」など、細やかに聞
え知らせ給ふ事多かれど、片腹痛ければ書かぬなり。
尚侍(かん)の君、やうやう引き入りつつひ、難しと覚したれば、
「心憂き御気色かな。過ちすまじき心の程は、自づから御覧じ知ら
るうやうも侍らん物を」とて、かかる次いでに、今少しも漏らさま
ほしけれど、
「あやしくなやましくなん」とて入り果て給ひぬれば、いといたく
打歎きて立ち給ひぬ。
「中々にも打出でてげるかな」と、口惜しきに付けても、かの今少
し身に沁みておぼえし御気配を、かばかりの物越しにても、
「仄かに御声をだに、いかならん次いでにか聞かん」と、やすから
ず思ひ
つつ、御前に參りり給へれば、出で給ひて御返りなど聞こえ給ふ。
「この宮仕へを、渋々には思ひ給へれ。宮などの練じ給へる人にて、
いと心深き哀れを尽くし、言ひ悩まし給ふに心やしみ給ふらんと思
ふになん。心苦しき。されど大原野の行幸に、主上(うへ)を見奉
り給ては、いとめでたくおはしけり、と思ふ(←ひ)給へり。若き
人は、仄かにも見奉りて、えしも宮仕への筋もて離れじと思ひてな
ん。この事もかくものせし」など宣へば、
「さても人樣は、いづ方につけてかは、たぐひて物し給ふらん。中
宮、かく並び無き筋にておはしまし。又、弘徽殿、やんごとなく、
覚えことにてものし給へば、いみじき御思ひ有りとも、立ち並び給
ふ事、かたくこそ侍らめ。宮はいとねんごろにおぼしたなるを、わ
ざと、さる筋の御宮仕へにもあらぬものから、ひき違へたらん樣に、
御心置き給はんも、さる御仲らひにては、いといとほしくなん聞き
給ふる」と、大人大人しく申し給ふ。
「かたしや。我が心ひとつなる人の上にもあらぬを、大将さへ、我
をこそ恨むなれ。全て、かかることの心苦しさを見過ぐさで、あや
なき人の恨
み負ふ。かへりては軽々しきわざなりけり。かの母君の、哀に言ひ
置し事の忘ざりしかば、心細き山里になんと聞きしを、かの大臣、
はた、聞き入れ給ふべくも非ずと愁へしに、いとほしくて、かく渡
し始めたるなり。ここにかく物めかすとて、かの大臣も人めかい給
ふなめり」と、つきづきしく宣ひなす。
「人柄は、宮の御人にて、いとよかるべし。今めかしう、いとなま
めきたる樣して、流石に賢く、過ちすまじくなどして、あはひはめ
やすからん。さて又、宮仕へにもいとよく足らひたらんかし。容姿
(かたち)よく、らうらうじき物の、公事などにもおぼめかしから
ず、はかばかしくて、主上(うへ)の常に願はせ給ふ御心には、違
ふまじき」など、宣ふ気色のみまほしければ、
「年比、かくて育み聞こえ給ひける御志を、僻樣にこそ人は申すな
れ。彼の大臣も、左樣になんをもむけて、大将の彼方樣の便りに、
気色ばみたりけるにも、いらへ給ける」と聞え給へば、打笑ひて、
「方々、いと似げなき事な。猶、宮仕へをも、何事をも、御心許し
て、かくなんとおぼされん
樣にぞ従ふべき。女は三つに従ふものにこそあるれど、次ゐでを違
へて、己が心に任せん事は、あるまじきことなり」と宣ふ。
「内々に、止む事無きこれかれ、年頃経てものし給へば、えその筋
の人数には物し給はで、捨てがてらにかく譲りつけ、大ぞうの宮仕
への筋に牢籠(らうろう)ぜんとおぼし置きつる。いと賢くかどあ
る事なりとなん、喜び申されけると、確かに人の語り申し侍しなり」
と、いと麗しき樣に語り申し給へば、
「げに、さは思ひ給ふらんかし」とおぼすに、いとおしくて、
「いとまがまがしき筋にも思ひ寄り給ひけるかな。いたり深き御心
ならひならんかし。今、自づから、いづ方につけても、あらはなら
ん事有りなん。思ひ隈(ぐま)無しや」と笑ひ給ふ。御気色は、け
ざやかなれえど、猶疑ひは多かる。大臣
も、
「さりや。かく人の推し量る、案に落つる事もあらましかば、いと
口惜しくねぢけたらまし。彼の大臣に、いかでかく、心清き樣を、
知らせ奉らん」とおぼすにぞ、
「げに、宮仕への筋にて、けざやかなるまじく紛れたる覚えを、か
しこくも思ひ寄り給ひけるかな」と、むくつけくおぼさる。かくて
御服など脱ぎ給ひて、
「月立たば、なを參り給はんこと忌みあるべし。十月ばかりに」
と覚し宣ふを、内裏にも心もとなく聞こし召し、聞え給ふ人々は、
誰も誰もいと口惜しくて、この御參りの先にと、心寄せのよすがよ
すがに、責め侘び給へど、
「√吉野の瀧を椻かんよりも、難き事なれば、いとわりなし」と各々
応(いら)ふ。中将も、中々なる事を打ち出でて、
「いかにおぼすらん」と苦しきままに駆けり歩きて、いと懇ろに、
大方の御後見を思ひ扱ひたる樣にて、追従(つゐぜう)しありき給
ふ。たはやすく、軽らかに打ち出でては聞こえかかり給はず、めや
すく、もて鎮め給へり。
真の御同胞の君達は、え寄り来ず、
「宮仕への程の御後見を」と、各々心もとなくぞ思ひける。頭中将、
心を尽くし侘し事は、かき絶
えにたるを、
「うちつけなる御心かな」と、人々はおかしがるに、殿の御使にて
おはしたり。猶もて出でず、忍びやかに御消息なども聞こえ交はし
給ひければ、月の明かき夜√桂の蔭に隠れてものし給へり。見聞き
入るべくもあらざりしを、名残なく、南の御簾の前に据へ奉る。
自ら聞え給はんことはしも、なをつゝましければ、宰相の君してい
らへ聞こえ給ふ。
「某を選びて、奉り給へるは、人伝てならぬ御消息にこそ侍らめ。
かく物遠くては、いかが聞こえさすべからん。自らこそ数にも侍ら
ねど、絶えぬ例ひも侍なるを、如何にぞや古代の事なれど、頼もし
くぞ思ひ給へける」とて、ものしと思ひ給へり。
「げに、年比の積もりも取り添へて、聞こえまほしけれど、日比あ
やしく悩ましう侍れば、起き上がりなども、えし侍らでなん。かく
まで咎め給ふも中々疎々しき心地なんし侍ける」と、いとまめ立ち
て、聞こえ出だし給へり。
「悩ましくおぼさるらん。御几帳のもとをば、許させ給まじくや。
よしよし。げに聞こえさするも心地無かりけり」とて、大臣の御消
息ども
忍びやかに聞え給ふ。用意など、人には劣り給はず、いとめやすし。
「參り給はん程の案内、詳しき樣もえ聞かぬを、内々に宣はん、な
んよからん。何事も人目に憚りて、え參り来ず。聞こえぬ事をなん、
中々いぶせくおぼしたるなど語り聞こえ給ふ次いでに、
「いでや、烏滸がましき事もえぞ聞こえさせぬや。いづ方につけて
も、哀をば御覽じ過ぐすべくやは有りけると、いよいよ恨めしさも
添ひ侍るかな。先づは、今夜などの御もてなしよ。北面だつ方に召
し入れて、君達こそ目覚ましくも覚し召さめ、下仕へなどやうの人
々とだに、うち語らはばや。また、かかるやうはあらばかく、樣々
に珍しき世なりかし」と、うち傾きつつ、恨み続けたるも可笑しけ
れば、かくなんと聞こゆ。
「げに人聞きを、うちつけなるやうにやと、憚り侍る程に、年比の
埋もれいたさをも、諦め侍らぬは、いと中々なること多くなん」と、
ただすくよかに聞こえなし給ふに、目映くて、万づ押し込めたり。
妹背山深き道をば尋ねずて緒絶の橋にふみ惑ひける
よ」と恨むるも、人
忍びやかに聞え給ふ。用意など、人には劣り給はず、いとめややりな
らず。
惑ひける道をば知らで妹背山たどたどしくぞ誰もふみ見し
「いづかたの故となん。えおぼし分かざめりし。何事も、わりなきま
で、大方の世を憚らせ給ふめれば、え聞えさせ給はぬになん。自づか
ら、かくのみも侍らじ」と聞こゆるも、さることなれば、
「よし、長居し侍らんも、すさまじき程なり。やうやう労積もりてこ
そは、かくごんをも」とて立ち給ふ。月隈無く、差し上がりて、空の
景色も艶なるに、いとあてやかに清げなる容貌して、御直衣の姿好ま
しう、華やかにて、いとおかし。
宰相の中将の気配有樣には、え並び給はねど、これもおかしかめるは、
「いかで、かかる御仲らひなりけん」と、若き人々は、例の、さるま
じき事をも、取り立てて愛であへり。
大将は、この中将は同じ右のすけなれば、常に呼び取りつつ、懇ろに
語らひ、大臣に
も申させ給けり。人柄もいと良く、公の御後見と、なるべかンめる下形
なるを、
「などかはあらんと覚しながら、彼の大臣の隠し給へる事を、如何は
聞こえ返すべからん。さるやうある事にこそ」と、心得給へる筋さへ
あれば、任せ聞こえ給へり。
この大将は、春宮の女御の御腹からにぞ御座しける。大臣達を置き奉
りて、さし次の御覚え、いと止ん事無き君なり。歳卅二三の程にもの
し給ふ。北の方は、紫の上の御姉ぞかし。式部卿の宮の御大君(おほ
いきみ)よ。年の程三つ四つが、このかみは、異なるかたわにもあら
ぬを、人柄や如何御座しましけん、嫗(をうな)と付けて心にも入れ
ず、いかで背きなんと思へり。
その筋により、六条の大臣は、大将の御事は、
「似げなく、愛おしからん」とおぼしたるなめり。色めかしく打乱れ
たる所無き樣ながら、いみじくぞ心を尽くしありき給ひける。
「彼の大臣も、もて離れても、おぼしたらざンなり。女は宮仕へを物憂
げにおほいたンなりと、内々の氣色も、さる詳しき便りしあれば、打聞
こえて、ただ大殿の御をもむけの異なるに
こそはあンなれ。真の親の御心だに違はずは」と、この弁の御許にも責
め給ふ。
九月にもなりぬ。初霜むすぼほられ、艶なる朝に例のとりどりなる御
後見どもの、引きそばみつつ持て參る、御文どもを見給ふ事も無くて、
読み聞こゆるばかりを聞き給ふ。大将殿のには、
「猶たのみこしも過ぎ行く空の景色こそ、心尽くしに、
数ならば厭ひもせまし長月に命をかくる程ぞ儚き
月たたば」とある定めを、いとよく聞き給ふなめり。
兵部卿の宮は、言ふ甲斐無き世は、聞えん方無きを、
朝日差す光を見ても√玉笹の葉分の霜を消たずもあらなん
「おぼしだに知らば、慰む方もありぬべくなん」とて、いとかじけたる
下折れの霜も落とさず持て参れる御使さへぞ、打あひたるや。
式部卿の宮の、左兵衛督は、殿の上の御腹からぞかし。親しく參りなど
し給ふ君なれば、自づからいとよく物の案内も聞きて、いみじくぞ思ひ
侘ける。いと多く怨み続けて、
忘れなんと思ふも物の悲しきをいかさまにしていかさまにせん
紙の色、墨つき、染(し)
めたる匂ひも、樣々なるを、人ども皆おぼしたらぬべかンめるこそ、騒々
しけれなど云ふ。宮の御返しをぞ、如何がおぼすらん、ただ些かにて、
心もて日影に向かふあふひだに朝をく霜を己やはけつ
と仄かなるを、いと珍しと見給ふに、自らは哀を知りぬべき御氣色にかけ
給へれば、露ばかりなれど、いと嬉しかりけり。かやうに何となけれど、
樣々なる人々の、御侘び事も多かり。
女の御心ばへに、この君をなん本(ほん)にすべきと、大臣達定め聞こえ
給ひけり。