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Channel: 新古今和歌集の部屋
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長明発心集 第一 美作守顕能家に入り来る僧の事  

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美作守顯能家入來僧事

美作守顯能のもとになまめきたる僧の入來て經を

よみたふとく讀あり。主聞てなにわざし給ふ人ぞと云。

**

近く寄て云樣、乞食に侍べり。但し家ごとに物こひあ

くわざをば仕まつらず。西山なる寺に住侍べるか。聊か

望み申べき事有てなむと云。物ざまむげに思下べきには非

ありければ、かみゃかに尋問申に付ていと異樣には侍

べれど、ある所のなま女房「を相語ひて物すゝがせなむどし

侍べりし程に、はからざる外にたゞならず成て此月にまか

り當りて侍べるを、偏に我あやまちなれば殊更こもり

ゐて侍べらむ程、彼が命つぐばかりの物あたへ侍らば

やと思給へるか。いかにも/\力及侍べらねば、若御あ

われみや侍べるとてなむと云。事のをこりはげにと覚へず

***

なれど、さこそ思らめといとをしく覚へて、いと安事にこそ

とて、をしはからひて人一人に持せそへて取せんと

す。此僧の云樣、方々きわめてつゝましく侍べり。殊更そ

ことはしらじと思給へるなり。自持てまからんとて、持る

るほど負て出てぬ。主猶あやしく思て左樣の方云

かひなき者を付てやる。樣をやつして見かくれに行ける

程に、北山の奧にはる/"\とわけ入て、人もかよはぬ深

谷に入にけり。一間ばかりなるあやしき柴の菴の内に入

て物うち並て、あなくるし三寶のたすけなれば、安居

の食もまうけたりと獨打云て、足うちあらひてしづまり

****

ぬ。此使いとめづらかにも有哉と聞けり。日暮てこ

よひ歸べくも非ねば、木陰にやわらかくし居にけり。夜ふくる

程に法華經をよもすがら讀奉る聲いとたふとくて

泪もとゞまらず。明るやをそしと立帰りて主に有つる

樣を聞へければ、驚ながら、さればよたゞ者には非と見きとて

重て消息をやる。思かけず安居の御料と承る。しかあ

らば一日の物はすくなくこそ侍らめ。此を奉る猶も入

らむ事候はゞ、かならずの給はせよといはせたりければ、經うち

讀て何とも返事云ざりけり。とばかり待かねて物を

ば庵の前に取並て歸りぬ。日來經てさても有つる

*****

僧こそ不審なりけれとて、をとづれたりけれど其庵には

人も無て、前に得たりし物をば外へもちいにけると覚

しくて、後のをくり物をばさとからをきたりければ、鳥けだ

ものくひ散したる樣にて、こゝ彼にこぼれちりてぞ有ける。

實に道心ある人は、かく我身の德をかくさむと過を

あらはして貴まれん事を恐るゝなり。若人世を遁たれ

ども、いみじくそむけりと云はれん。貴く行由を聞んと思

へば世俗の名聞よりも甚し。此故に有經に出世の

名聞は譬へば血を以て血を洗か如しと説けり。本

の血はあらはれて落もやすらん知らず。今の血は大にけ

がす。愚なるに非ずや。

發心集一巻終

※顕能 葉室顕能。保延五年(1139年)没。正五位下右衛門権佐。以前美作守だった。

※西山 京都市西部の山地。大原野周辺。

※北山 京都市の北部の山地。

※有經に 神宮本に瑜伽師地論と明示されている。


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