冬恋 定家朝臣
床の霜まくらの氷きえわびぬむすびもおかぬ人のちぎりに
きえわびぬとは、身も心もきゆるごとくかなしくわびしきを
いふ。 きえもむすびも、霜と氷との縁。おかぬも、霜の縁
なり。 下句、たゞ縁の詞のみにて、させる深き心もなけれ
ば、上句の思ひの甚せつなるにかけあはず聞ゆ。
摂政家百首歌合に暁恋 有家朝臣
つれなさのたいぐひまでやはつらからぬ月をもめでじ有明の空
めでたし。 つれなさのたぐひとは、有明の月は、つれ
なき物にいへば、人のつれなきたぐひなるをいふ。 まで
とは、√大かたは月をめでじ、といふ本歌のごとく、老となる
がつらきのみならず。人のつれなきたぐひ迄がつらき
となり。 六百番歌合に、右方申云。本歌は、月をつれなし
といひたりとは見えず。暁に人をつれなしといひたりとこそ
見えたれ。いかゞといへるは、かへりていかゞ。本哥といへる忠岑
が哥のつれなくみえしは、顕昭注に、有明の月は、明る
もしらずつれなくみえしなりといへるを、定家卿も其意
にこそ侍らめと注し給ひ、契沖も同心にて、それにあはず
してかへす人のつれなさ體をかねてよめる哥なるべし
といへる、まことに其意なるをや。
宇治にて夜恋といふことををのこどもつかま
つりしに 秀能
袖のうへに誰ゆゑ月はやどるぞとよそになしても人のとへかし
四の句は、よその事になしてなりともといふ意。人は
思ふ人なり。 或抄に、此涙は、君ゆゑなれども、それとは
君がしるまじければ、たれ故ぞと、よそごとになしても
とへかしと也。といへるは、なしてといふ詞にかなはず。すべて
かやうのなすといふ詞は、さはらぬことを、しひてそれ
になすをいへば、よそになしてとは、我故とはしりながら、
よそのことになしてといへるにこあれ。
家の百首哥合に祈恋 摂政
いく夜われ浪にしをれてきぶね川袖に玉ちる物おもふらむ
めでたし。下の句詞めでたし。 本哥和泉式部√物おもへ
ば云々。√おく山にたぎりて落る瀧つせの玉ちるばかりものな
おもひそ。此本哥の玉ちるは、物おもふ心をいへるを、こゝの四
の句は、涙を主として、それに本哥の意と、川浪のかゝる
とをかねたり。
※√大かたは月をめでじ 古今集 雑歌上 題しらず なりひらの朝臣 おほかたは月をもめでじこれそこのつもれば人のおいとなるもの ※本哥といへる忠岑が哥のつれなくみえし 古今集 恋歌三 題しらず みぶのただみね 有あけのつれなく見えし別より暁ばかりうき物はなし ※本哥和泉式部√物おもへば 後拾遺集 雑六 神祇
男に忘られて侍ける頃貴布禰にまいりて御手洗川に
蛍の飛び侍けるを見てよめる
ものおもへば沢の蛍もわが身よりあくがれいづる魂かとぞみる ※√おく山にたぎりて落る瀧つせの玉ちるばかりものなおもひそ
後拾遺集 雑六 御かへし
奧山にたぎりておつる瀧つせに玉散るばかり物なおもひそ このうたはきぶねの明神の御かへしなり。男の聲 にて和泉式部が耳に聞こえけるとなんいひ傳へる