1 はじめに
新古今和歌集の切り出し歌が、平成25年10月2日鶴見大学図書館が購入した古筆手鑑の中から久保木 秀夫氏、中川 博夫氏によって発見されたニュースは、新古今を学ぶ者にとってとても興味深いことだったことから、直ぐに左端にある「題不知」のキーワードから部類を、「恋歌一の「たびたび返事せぬ女に 謙徳公」の後が有力」としたところである。(Yahoo!ブログに一度掲載後、引っ越しした。)
平成26年10月に両氏により本が出版され、その中に「さのみやは」断簡にはツレがあるとのことで、その内容から以前推察した結果を検証する。
なお、新古今の番号、詞書、歌等は、新古今和歌集 佐佐木信綱校訂 岩波文庫による。
ただし、(イ )は同ツレと岩波文庫本との差違で、【 】は断簡の欠落している部分、( )は詞書、詠者が前の歌と同じ場合省略されるものを便宜上入れたものである。
また、断簡のアルファベットは、同本による。
2 第十一 戀歌一 掲載歌
1019 (題しらず)
亭子院御歌
大空をわたる春日の影なれや
よそにのみしてのどけかるらむ 断簡A
1020 正月に雨降り風吹きける日女に
遣はしける
謙徳公
春風の吹くにもまさるなみだかな
わがみなかみも氷解くらし 断簡A
1021 たびたび返事せぬ女に
(謙徳公)
水の上に浮きたる鳥のあともなし(イく)
お【ぼ】つかなさを思ふ頃かな 断簡A
→さのみやはの推定個所
1022 題しらず 曾禰好忠
かた岡の雪間にねざす若草のほのかに見てし人ぞこひしき 未詳
1023 返事せぬ女のもとに遣はさむとて人の読ませ侍りければ二月ばかりによみ侍りける 和泉式部
あとをだに草のはつかに見てしがな結ぶばかりの程ならずとも 未詳
1024 【題しらず 藤原興風】
霜の上に跡ふみつくる濱千鳥
ゆくゑ(イへ)もなしと音をのみぞ鳴く 断簡B
1025 (題しらず)
中納言家持
秋萩の枝もとををに置く露の
今朝消えぬとも色に出でめや 断簡B
1026 (題しらず)
藤原高光
秋風にみだれてものは思へども
萩の下葉の色はかはらず 断簡C
1027 【忍草の紅葉したるにつけて女のもとに遣はしける】
花園左大臣
わが戀も今は色にや出でなまし
軒のしのぶも紅葉しにけり 断簡D
1028 和歌所歌合に久忍戀のこころを 攝政太政大臣
いそのかみふるの神杉ふりぬれど色には出でず露も時雨も 未詳
1029 北野宮歌合に忍戀のこころを 太上天皇
わが戀はまきの下葉にもる時雨ぬるとも袖の色に出でめや 未詳
1030 百首歌奉りし時よめる 前大僧正慈圓
わが戀は松を時雨の染めかねて眞葛が原に風さわぐなり 未詳
1031 家に歌合し侍りけるに夏戀のこころを
攝政太政大臣
空蝉の鳴く音やよそにもりの露
ほしあへぬ袖を人のとふまで 断簡E
1032 (家に歌合し侍りけるに夏戀のこころを)
寂蓮法師
思あれば袖に螢をつつみても
いはばやものをとふ人はなし 断簡F
1033 水無瀬にてをのこども久戀といふことをよみ侍りしに 太上天皇
思ひつつ經にける年のかひやなきただあらましの夕暮のそら 未詳
1034 百首歌の中に忍戀を 式子内親王
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする 未詳
1035 (百首歌の中に忍戀を 式子内親王)
忘れてはうち歎かるるゆうべかなわれのみ知りて過ぐる月日を 未詳
1036 (百首歌の中に忍戀を 式子内親王)
わが戀は知る人もなしせく床のなみだもらすな黄楊の小まくら 未詳
1037 【百首歌よみ侍りける時忍戀】
入道前關白太政大臣
忍ぶるにこころの隙はなけれども
なを(イほ)もるものは涙なりけり 断簡G
1038 【冷泉院みこの宮と申しける時】
さぶらひける女房を見かはして
云ひわたり侍りける頃手習し
ける所に罷りて物に書き付け侍りける
謙徳公
つらけれど恨みむとはたおもほえず
なを(イほ)行くさきを頼む心に 断簡H
1039 返し よみ人知らず
雨こそは頼まばもらめたのまずは思はぬ人と見てをやみなむ 未詳
1040 題しらず 紀貫之
風吹けばとはに波こす磯なれやわがころも手の乾く時なし 未詳
1041 題しらず 藤原道信朝臣
須磨の蜑の浪かけ衣よそにのみ聞くはわが身になりにけるかな 未詳
1042 藥玉を女に遣わすとて男に代りて 三條院女藏人左近
沼ごとに袖ぞ濡れけるあやめ草こころに似たるねを求むとて 未詳
1043 五月五日馬内侍に遣はしける 前大納言公任
時鳥いつかと待ちし菖蒲草今日はいかなるねにか鳴くべき 未詳
1044 【返し 馬内侍】
さみだれはそらおぼれする時鳥
ときになく音は人もとがめず 断簡I
1045 兵衞佐に侍りける時五月ばかりによそながら物申しそめて遣はしける 法成寺入道前攝政太政大臣
時鳥こゑをば聞けど花の枝にまだふみなれぬものをこそ思へ 未詳
1046 返し 馬内侍
時鳥しのぶるものをかしは木のもりても聲の聞えけるかな 未詳
1047 郭公鳴きつるは聞きつやと申しける人に 馬内侍
心のみ空になりつつほととぎす人だのめなる音こそなかるれ 未詳
1048 題しらず 伊勢
み熊野の浦よりをちに漕ぐ舟のわれをばよそに隔てつるかな 未詳
1049 題しらず 伊勢
難波潟みじかき葦のふしのまもあはでこの世を過ぐしてよとや 未詳
1050 題しらず 柿本人麿
み狩する狩場の小野のなら柴の馴れはまさらで戀ぞまされる 未詳
1051 題しらず よみ人知らず
有度濱の疎くのみやは世をば經む波のよるよる逢ひ見てしがな 未詳
1052 【題しらず よみ人知らず
東路の道のはてなる常陸帶の】
かごとばかりも逢ひ見てしがな 断簡J
1053 (題しらず よみ人知らず)
濁江のすまむことこそ難からめ
いかでほのかに影を見せまし 断簡J
1054 (題しらず よみ人知らず)
時雨降る冬の木の葉のかわかずぞ
もの思ふ人の袖はありける 断簡J
1055 題しらず よみ人知らず
ありとのみおとに聞きつつ音羽川わたらば袖に影も見えなむ 未詳
1056 (題しらず よみ人知らず)
水莖の岡の木の葉を吹きかへし
誰かは君を戀ひむとおもひし 断簡K
1057 (題しらず よみ人知らず)
わが袖に跡ふみつけよ濱千鳥
逢ふことかたし見てもしのばむ 断簡K
1058 女のもとより歸り侍りけるに
程もなく雪のいみじふ降り侍り
ければ
中納言兼輔
冬の夜の涙にこほるわが袖の
【こころ解けずも見ゆる君かな】 断簡K
3 考察
同本の断簡Aには、「題不」と書いて消した跡が見受けられるとのことである。これは「さのみはや」が、最初は無かったが、切り入れ、題知らずを消す必要があったためと考えられる。しかし、その後再度切り出された可能性もある。
しかし、以前「1021番たびたび返事せぬ女に 謙徳公」の断簡Aの後に「さのみやは」断簡があったと考察したが、更に確証を得たと考えてよい。
参考文献
新古今和歌集の新しい歌が見つかった!: 800年以上埋もれていた幻の一首の謎を探る
久保木 秀夫, 中川 博夫 著, 鶴見大学日本文学会ドキュメンテーション学会 (編集) 笠間書院
拙ブログ
鶴見大学所蔵断簡 新古今和歌集切り出し歌に関する考察