太上○○
いはにむすこけふみならすみ○○○○
山のかひあるゆくすゑもかな
新宮にまうつとてくま野川にて
くま野川くたすはやせのみなれ棹
さすかみなれぬなみのかよひち
白河院くまのにまうて給へりける
御ともの人々しほやの王子
新古今和歌集 巻第十九神祇歌
熊野へ參りて奉り侍りし 太上天皇
岩にむす苔ふみならすみ熊野の山のかひある行末もがな
読み:いわにむすこけふみならすみくまののやまのかひあるゆくすえもがな
本歌:わびしらにましらな鳴きそ足引きの山のかひある今日にやはあらぬ(古今集俳諧歌 凡河内躬恒)
新宮に詣づとて熊野川にて 太上天皇
熊野川くだす早瀬のみなれ棹さすが見なれぬ浪のかよひ路
読み:くまのがわくだすはやせのみなれざおさすがみなれぬなみのかよいじ
備考:新宮は、熊野速玉神社
本歌:大井川下す筏のみなれ棹見慣れぬ人も恋しかりける(拾遺集恋一 よみ人知らず)
智蘊(? - 文安5年(1448年))。室町時代中期の幕府官僚、連歌師。俗名は蜷川親当、通称新右衛門、法名は五峰という。
一休宗純との親交により広く知られる。
漫画一休さんの蜷川新右衛門のモデル。
和歌を正徹に学ぶ。正徹の『正徹物語』下巻「清巌茶話」は彼の聞書きとされている。
連歌では、永享5年の「永享五年北野社一日一万句連歌」を初出として、多くの連歌会に参加。宗砌と共に連歌中興の祖と呼ばれた。連歌集に『親当句集』があるほか、『竹林抄』『新撰菟玖波集』に入集している。宗祇が選んだ連歌七賢の一人。
平成28年3月27日 肆